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2019年3月 5日 (火)

3563 堂々巡り

何度も書くように、このブログは環境ブログであり、何にせよ批判を書くつもりはありません。しかしながら、国のマツリゴトの堂々巡りに関して言えば、市民の我慢の限度をかなり越しているので、ホンの少しだけですが書くことにします。問題の根源は、やはり同一政党の一人勝ちにあると言えるでしょう。いずれの局面(政局と呼ぶようですが)においても緊張感が見られないのです。カケ蕎麦、だったかモリ蕎麦だったかの追求ではかなり盛り上がった様な気もしますが、一つの国会が閉会すると、その話題もすっかり影を潜めてしまいました。まさにこの国のポピュラーな諺、人のウワサも75日が正鵠を得ている証左の様です。

国際情勢が流動化する中、この国の舵取りをどうするのか、喧々諤々の議論をしなければならない局面だと思うのですが、いわゆる閣議決定された「大盤振る舞い予算案」の重箱の隅をほじくるのが国会論議の中身なら、これほどの数の議員など全く不要だと断ずる事が出来そうです。最近読んでいる、N羽宇一朗の新書の中で、一介の元経営者でさえ国の将来を激しく憂えているのに・・・です。野党が為すべきは、先ずは反J民の旗印への結集でしょう。一政党に2/3の勢力を許している現状こそ強く反省すべきだと思うのです。

一方で、マツリゴトとは別に国の予算を2/3に圧縮するための方策と同時にこの国将来の青写真を作るための作業を、若者を含む有識者と政治家が汗をかいてまとめ上げるべきだとも思うのです。その中で国際的に尊敬される国になるための方向性も打ち出されて然るべきですし、そこに向けて子供や若い人達も希望を抱きながら行動を起こせる様にして貰いたいものです。いずれにしても、必要な動きは省庁の壁を取り払った、柔軟な横連携でしょう。それ無くしては、新しい何かを始めるには、現在の既得権者たちとのヒト、モノ、カネの取り合いに陥るからです。

国会の開催に掛かる費用は、議員の歳費を含めると、一日当り数億年にも上るそうですが、国のリーダー自ら発する品の無いヤジと与野党議員からの怒号など、一国民としてはあまりも情けなくてため息しか出ないのです。諦めが大半ですが、これからの世代のためにも愚痴をこぼさずには居られないのです。以上は、あくまでこのブログでご法度の批判ではなく、あくまで愚痴なのでした。

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