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2019年5月22日 (水)

3594 知・情・意・・・2

3592で少し書き足りなかったのでついか追記します。M野隆司の表現によれば、私たちは決して、自分の知情意を操っている主人公ではなく、脳の中に住む小人たち(脳のニューラルネットワーク)の行動の結果生ずる脳のアウトプットを、さながら河畔に佇んで川の流れを眺めている「観測者」に過ぎないと主張するのです。自分というものを意識し過ぎる人を「自意識過剰」と呼びますが、この様な人達は多分生きていくのに大きなストレスを感じている筈です。
なにしろ、自分を他人がどう見ているかを常に気にして、そこに少しでも差異があれば自分を修正するか、あるいは修正出来ない場合は他人を恨むしかない訳で、いずれにしても安寧には暮らせないでしょう。しかし、自分を自分の(脳の)中に住む小人たちの行状の観測者と考えれば、生きてく上ではかなり気楽になると思われます。なにしろ、他人の見方と自分の小人たちの行動にズレがあった場合でも、それは自分の所為ではなく小人たちの仕業なのですから、自分の小人たちを責めれば良いでしょう。もし、小人たちの行状が良くない場合は、彼らを脳内に養っている家主としての軽い責任は感ずるにしても、全面的に責任を負う(と思い悩む)必要までは無いでしょう。もちろん、小人たちをその様に悪く育ててしまった事には、少しばかり良心?呵責を感ずる必要はありそうですが・・・。
当然の事ながら、その良心でさえ、脳内の小人たちのネットワークの機能から生ずるものである筈なので、やがて「卵とニワトリ」のサイクルに迷い込んでしまい、なかなか自分という存在をクリアに定義するのは難しいのです。しかし、M野隆司は工学出身の学者であり、彼の見方は同じく工学を職業にしていた投稿者には、結構分かり易いものでした。
さて、投稿者にはもうしばらくの寿命が残されている様ですので、精々自分の小人たちの行動の観察を続ける事といたします。

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