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2019年5月 8日 (水)

3584  VR(疑似体験)

以下は単なる随想です。VRという概念は小説に初登場したのもカウントすれば非常に古い言葉でもあります。現代的な意味でのVRが再登場するのは、たぶん1980年代ではないかと振り返っています。当時のVRは稚拙なモノで、例えばサイコロ型のブースの6面に、映像を映し出しサイコロの中に居る人物が、風景の中での疑似体験が出来る程度のものだった様な気がします。その後、工業系のVRとしては、例えばDソー社の3DのCAD/CAMシステムの中で、さながら狭い場所にカメラが潜り込んだ様な映像(ウォークスルー映像)が画面の中で再現できる様なり、設計の事前検証や整備性の改善などにも活用されてもきました。その後は、特殊なメガネやヘッドマウントディスプレーなどの小型の機器を使って、手軽に3Dの疑似体験が出来る様になってきた様です。
しかし、考えてみれば疑似体験はあくまで疑似の体験に過ぎないでしょう。実際に、手で触ったり匂いを嗅いだりといった五感に訴える「本物の」体験と同じ体験などは出来ない相談です。もちろん、映画館などでは迫力あるサウンド効果や振動や音や、時には水しぶきなどの特殊効果で疑似体験を強化する様な試みも行われてはいますが、何処まで行っても結局は疑似的な体験に過ぎません。疑似体験は、本物の体験に比べて「脳に刻まれる度合い」が弱い事は容易に想像できるでしょう。脳に刻まれる「記憶」は、画像や絵の様な平面的なものに比べれば、五感の刺激で刻まれた「立体的な記憶」の方が強いのは当然の事でしょう。
VRで旅行体験をしたとしても、実際に現地に行って口にした食事やその場所の香りや騒音や、ましてや失敗体験などの濃密な体験とは比べるべくもないでしょう。六十数年間の投稿者のつたない経験を振り返っても、ラッキーな事に仕事で20回以上は海外に出張し、合計2年ほどは現地で暮らした経験が、人生をどれほど豊かにしてくれたかと考えると、会社に感謝してもし過ぎる事はないでしょう。今後、どれほどVRが発達したとしても、実体験に迫る事は出来ないのです。何より、VRでは体験の中で周りの対象に働きかけ、リアクションを得ることは不可能だからです。双方向のアクションとリアクションが、実体験の神髄だと思うのです。

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