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2019年6月29日 (土)

3617  比喩2

現代の世相の比喩として、登山の比喩の他に「航空機の比喩」もかなり本質に迫っていると自負しています。それは、現代文明を航空機に喩えるものです。航空機は、20世紀の発明品として、確かに今の世の中には不可欠の存在になった様に見えます。ライト兄弟のフライヤーから、二度の世界大戦と、複数回の局地戦争などを通じ、航空機の発展は目覚ましいものでした。大型化、ジュラルミン化、ジェット化、長距離化、フライバイワイヤ(電気や光ケーブルによる制御)、複合材化などなど。
しかしながら、航空機の歴史を通じて変わらなかったものがありました。それは燃料です。内燃機関のエンジンではガソリンだったでしょうが、ジェット化以降はケロシン(灯油に近い燃料)ですが、いずれにしても石油由来の燃料である事には変わりがありません。つまり、航空機開発の歴史を通じて、航空機に積んで飛ぶ際に、重量の割に熱量(エネルギー密度)が高い(石油に代わる)燃料が見つからなかったのがその理由でしょう。いずれにしても、全世界では一日当り8000便もの旅客機を飛ばし続けるには、膨大な量の石油が必要な事は自明です。結局、大都市や航空機に代表される現代文明を支えるには、膨大な量のエネルギー(主に石油や天然ガス)に依存するしかないのです。
しかし、投稿者が現代文明を航空機に喩えるのは、航空機が積載できる燃料は「有限である」という最大の欠点が同じであるからなのです。航空機の性能の一つとして「航続距離」がありますが、実用的な旅客機では、精々シンガポールからアメリカの東海岸辺りまでのストップで飛ばすのが精一杯でしょう。航空機は燃料が切れれば、着陸しなければならないのです。いくら、機内の環境が快適で、美味しい食事や飲み物が提供されるとはいえ、それは離陸から着陸までの限られた時間内の話です。
では、都市に代表される便利な日々の暮らしはどうかと言えば、それも航空機の中の過ごし方と変わりは無いでしょう。中東などからの石油や天然ガス及びそれから作られる電力(つまりはエネルギーですが)、海外や田舎からの食糧の供給が途切れれば、都市の暮らしは直ちに困難に直面する筈です。ガスや電気が無ければ、食事も準備出来ないでしょうし、下水場のポンプが動かせなければトイレだって使えないでしょう。電気が無ければ通勤も出来ないでしょう。それにも増して、食糧を都市に運ぶ輸送も止まり、全ての店先の陳列棚から食糧が消えてしまうでしょう。
では、エネルギーや食糧の供給が細ってしまった大都市が航空機の様に何処かに着地できるかを考えてみると、全く無理な相談である事が分かるでしょう。大都市は、外からのサプライ(供給)以上の人口は支える事は出来ないのです。都市が「着陸」するためには、都市から田舎への人口の還流こそが不可欠の条件なのです。航空機の比喩が有効だと思う所以です。

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2019年6月28日 (金)

3616 比喩

初期の頃のこのブログで、投稿者は今の世の中をいくつかの比喩で説明しようとしました。その一つが、登山との比喩でした。それを思い出して採録すると、以下の様になります。つまり、現代文明を高山に挑戦する、いくつかの登山隊(=国)に喩えたのでした。いくつかの裕福な登山隊(先進国)は、近代的な装備を備えて、グングン高度を稼いでいきます。隊員の体力を、例えば酸素吸入器やその他の装備でカバーしますので、地元のシェルパ達が担ぎ上げてくれた大量の装備や豊富な食糧で高山に挑んでいるのです。
しかし、山の中腹にはあまり装備が充実していない登山隊(中進国)がいくつも登ってくるのです。その更に下には、今まさに山に登ろうと準備を始めた登山隊(途上国)が蠢いてもいるのです。
しかし、高山の頂上に何があるかを冷静に考えてみると、そこは荒涼とした岩場しか無く、人工の山小屋があり、そこで使われる物資は全て麓から運び上げなければならない環境だったのです。ヘリコプターなど、近代的な装備が使える金持ちパーティ(登山隊)は、燃料がある限り何の問題も無く山小屋生活をエンジョイできるでしょう。しかし、まだまだ頂上が遠い途上国は、それを眺めて羨ましく、妬ましく思い、早く頂上に立ちたいと無理にペースを上げるのです。
この比喩では、人類のゴールは岩だらけで緑も無く、人工物で固められた頂上ですが、これを現代社会の近代的だけれども無機質な都市と考えれば、この比喩の合点がいくでしょう。そうです、現代社会における人々のゴールは、モノが溢れ、エネルギーが潤沢に使える、便利な山小屋生活を送る事なのです。お金持ちは、ヘリや航空機を雇って、他の山々を観光して回る事も可能でしょう。しかし、お金の無い登山者は、麓近くでその周りで手に入る資源や農作物で暮らすしかなく、何時まで経っても頂上の(都市の)便利な生活には近づけないのです。
しかし、考えてみれば高山の麓は、緑に覆われ牧歌的で不便だけれども、自然が豊かな環境を満喫できる筈なのです。もし、麓から頂上の山小屋(都市)へのエネルギーや食糧や日用品の供給が止まれば、山小屋の生活は1週間と持たないでしょう。大きな災害の度に、都市のスーパーやコンビニの商品棚がたった数日で全て空っぽになった映像は、幾度となく目にしてきた筈なのです。都市部では、地震による液状化現象で、水道管が破裂し下水管が浮き上がってしまうだけで、炊事も出来ず、トイレも使えないのです。
私たちは、山小屋生活に見切りをつけ、ソロソロ下山の準備を始めなければならないと思うのです。混み合った山小屋(都市)の住人たちは、1-2世代前まで親や祖父母が暮らしていた麓(地方や田舎)に回帰すべきだと思うのです。麓には、緑の大地があり、あまりお金を使わなくとも「ココロ豊かに」暮らせるノンビリとした生活が待っているのです。都市に住んでいる人達は、何らかの形で体やココロを病んでいるのではないか、とお節介ながら憂えます。

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2019年6月27日 (木)

3615  持続可能性3

持続可能性を高めるキーワードとしては、結局私たち個々人の欲望をどう抑制できるかに掛かっていると思っています。好きなものを、好きな時に、好きなだけ消費する生活は、もう止めにしなければならないでしょう。同様に、好きな場所に、好きな時に、なるべく短い時間で移動したい、という欲望もやはり抑えなければならないでしょう。更に言えば、夏でも寒いくらいに冷房をかけ、冬は半袖で過ごせるくらいに暖房を効かせる生活スタイルにも別れを告げる必要がありそうです。
これら全体を眺めるなら、結局私たちは20世紀を通じて加速してきた、モノや人やエネルギーの「流れのスピード」を減速しなければ、持続可能性を高める事は出来ないとの結論になりそうです。モノの消費は原料調達から、生産、流通に至るまで、いわゆる物流というベルトコンベアに乗っかっているのですが、そのコンベアの速度を経済活動(=私たちの欲望)が年々加速してきたと言えるのです。
ならば、私たちは敬虔な宗教者の様な禁欲生活を送らなければならないのか、という突っ込みが来そうですが、答えとしてはそれは否でしょう。何故なら、それは望ましい事ではあっても、所詮それは無理な話だからです。凡人が、宗教を信ずる事は出来ても、全てが宗教者になれる訳もないでしょうから。では、投稿者の様な凡人はどう考えるべきかですが、それは欲望の矛先をモノやエネルギーを浪費するレジャーなどから、もっと精神的なあるいは自分の体を使った楽しみに方向転換するしかないと思うのです。食べたいものを腹いっぱい詰め込んで、3割もの食べ残しを出すかわりに、体が必要とする栄養素と量に気を使い、理想体重を維持する事に楽しみを見出せば良いのです。食べ物を、単なる食糧として眺めずに、料理として食材がどこからきて、どんな調理法でどんな調味料で味付けされ、今皿に盛られているのかを考えながら、良く噛み、味わえば、必要かつ十分な量の食材で、五感も満足するのと同時に、大きな満足感も得られる筈なのです。
一方、パック旅行で、カネと休暇とエネルギーを浪費するのではなく、先ずは図書館で、行きたい国の風土や歴史についてしっかり学び、行きたい(行くべき)場所を絞り込み、その場所に1週間程度逗留する旅行スタイルも考えられるでしょう。これは、旅行を移動だらけの単なる物見遊山とするのではなく、彼の地への理解を深める「文化的な旅行」にするという提案なのです。その様に考え直せば、持続可能性と人々の満足度を比例させる事は十分可能だと見ています。


 

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2019年6月26日 (水)

3614  持続可能性2

持続可能性を毀損しているのは、結局人間の経済活動だと断ずるしかありません。そもそも経済活動は、結局モノの余剰が生んだ社会活動だと言えるでしょう。想像ですが、人々が自給自足生活を送っていた時代、手に入るモノだけで、ギリギリの生活を送っている状況なら、夫々の人の手元には他の誰かに売るべき「余剰=商品」はありませんので、商業などと言うものも全く発達しない筈でしょう。しかし、ある人が荒地を開拓し、自分の家族が食べる以上の食糧を手に入れたと仮定すれば、余った食糧を足りない人達に売る事は出来る事になります。手先が器用な人達は、手に入る材料を使って道具を作って、食糧と交換するかも知れません。体が大きくて力持ちの人は、それらの商品を運ぶ仕事に就くかも知れません。
かくして、商業を含む経済活動が始まり、現在の規模まで拡大してきたのでした。経済活動拡大の背景には、もちろん産業革命以後の科学技術があった事は論を待ちません。それどころか、化学技術のコメとも言える、金属・鉱物資源や石炭・石油・LNGなどの化石エネルギーこそが、経済爆発の「起爆剤」であり「爆薬」であったことは、間違いないでしょう。
さて経済活動は、経済発展(拡大)を前提に設計されていますので、その前提が崩れた場合のカタストロフ(破局)は中々想像できません。つまり、経済の恒常的な右肩下がりが確定的な社会では、投資家のマインドは冷え切っていますし、消費も例えば恒常的な人口減少の結果、同じ比率かそれ以上の率でシュリンクしていくでしょう。一見、将来にも夢が描けず、暗黒の社会の様にも見えますが、実はそうでもないかも知れません。
というのも、投稿者がUターンした北国の町では、毎年1%ずつ人口が減っていて、それに応じた程度の率で、消費も縮んでいる筈です。しかし、投稿者の住む地域には新築の家がドンドン建てられ、新しいスーパーも回転してもいるのです。もちろん、中心部から離れた山に近いエリアでは、家主が亡くなったり、冬の除雪が出来ない人達が街に降りてきた結果、空き家が増えてそれらが徐々に朽ちていくのでしょう。それで何が起こるかと言えば、街の中心部の密度が上がり、周辺の過疎化が加速するだけなのです。
地域の持続可能性のために必要な事は、企業誘致だけで雇用を生み出す、百年一日?のごとき「地方創生」政策ではなく、先ずは過密な都市部から、人々を田舎に呼び込む政策が必要でしょう。雇用は後からついても来ますし、農業に興味がある人達なら自給自足も可能でしょう。ネット環境が発達した現代、田舎暮らしこそ、持続性可能性が十分高く、QOLの高いライフスタイルになり得る筈です。

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2019年6月25日 (火)

3613  持続可能性

全ての環境問題は、持続可能性の問題に還元できるでしょう。といよりも、持続可能性を担保出来るなら、全ての問題は雲散霧消するとさえ言い切っても良いのです。持続可能性には、時間軸が付き物です。つまり、現時点(あるいは過去のある時点)をベースラインに取り、それ以降の事態が悪化したか、あるいは現状維持出来たかというのが問題なのです。現状より好転する場合も勿論ありますが、環境問題に関する限りそれは期待できません。何故なら、人間が活動する限り、環境は悪化の一途をたどる運命にあるからです。例えば、流れ着いたごみで埋め尽くされた海岸を、ボランティアを募って清掃したとしましょう。確かに、狭い範囲の海岸はきれいになったのですが、かといってごみが消え去った訳ではありません。清掃後は何十もの大きなごみ袋がパンパンになったものが残るでしょう。参加者にペットボトルに入った飲み物とサンドイッチが配られれば、それを飲んだり食べたりすれば、新たなごみが発生するでしょう。集まれてたごみは、パッカー車に押し込まれて、ごみの焼却上へ向かうでしょう。それらは燃やされ、大気中にかなりの量のCO2が排出され、量はかなり減りますが焼却灰も出るでしょう。
地球環境の持続可能性維持のためには、結局人間は人口を減らし、出来るだけ何もしない暮らしのが最も良い対策だ、という変な結論になってしまいそうです。でも、それはその通りでしょう。人間が何か行動しようとすれば、お腹が減りますから何か食べなければなりません。その食べ物は、自宅の庭で作れる訳ではないので、農家が人手とエネルギーと化学肥料と農薬を使って作った作物、あるいは人工飼料と抗生物質で太らせた食用動物の肉を口にするでしょう。どこかに移動するのに、エネルギーを使う車や電車や飛行機を利用するでしょう。寒ければ、化学繊維で作られた衣服を身にまとうでしょう。
しかし、余暇は寝て過ごし、動かないのであまり食べずに、移動も歩いて行ける範囲内に限る様な生活を送る人は、活動的な生活スタイルの人に比べれば、環境負荷は随分小さくしながら暮らせそうです。皮肉な事ですが、例えばゲームにハマりながら、終日部屋の中で過ごす様な人達は、実は環境に優しく、持続可能性を毀損しない「環境人間」だとも言えるのかも知れません。それが、「人間らしい」生活かと問われれば「否」と言うしかありませんが・・・。人間らしく生きるためには、地球環境を汚さずにはいられない様です。それにしても悲しくなる結論です。

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2019年6月24日 (月)

3612  ホリワー

休暇中なのに、休暇を過ごしている旅先に、例えばパソコンなど仕事の道具を持ち込んで仕事もするスタイルをワーケーションと呼ぶのだそうです。ワークとバケーションを繋げた造語の様ですが、では基本毎日が日曜日ですが、時々は仕事も引き受ける投稿者の様な立場は何と呼べばよいのでしょうか。字ずらで表すなら「日日日仕事日日日」などとなるのでしょうか。ワーケーションに倣ってカタカナ語にしするならワーホリでしょうか。しかし考えてみたら、既にワーキング・ホリデーという言葉もあるのと、毎日が日曜日である場合が殆どなので、ここではとりあえず「ホリワー」にしておきましょう。
さて、投稿者は、税法上は青色申告をしている自営業ですが、実質的には収入の半分以上は年金で占められているので、他の収入は臨時収入程度なので、「主には」年金生活者という事になるのでしょうか。頑張れば、固定的な雇用契約を得て、安定的な給与収入を得る事も可能なのでしょうが、やはり55歳から続けている今の状況が自分にはピッタリだと感じています。あるSNSで、職業としてフリーランスと入力したら何故か「自由工作者」と表示されてしまいました。基本的にカタカナ語より、この変な日本語が好きだったので、そのままにしておきました。
とは言いながら、ホリワーのホリディの部分は、かなりの部分登山に割いているので、夏場はホリワーがトレワー(トレッキング+ワーク)になっていますが、ホリワーでもトレワーでも、そんなに差は無いでしょう。7月には、北海道の名山巡りの個人ツアーを予定していますが、いま予定表を眺めるとそれ以前にはたった1回の仕事しか入っていません。天気も悪いので、今日も距離の長い散歩で体力維持に精を出すといたします。

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2019年6月23日 (日)

3611 新しい事

まだU70(70歳以下)とはいえ、体力の減退を意識せざるを得ない年齢になってきました。その中で、昨今思う事は、常に何か新しい事を探し出して、出来れば新しい事始めなくては、という思いです。年齢は重ねたとしても、体も、頭(脳)もまだ潜在能力を秘めている筈です。それを使わなければ、これまで蓄積した体力や知識など数か月の休眠で。あっという間に減耗してしまうでしょう。特に筋肉に関して言えば、数週間寝たきりになるだけで、かなり細くなってしまうものなのです。
取り分けインナーマッスルは、動きの中でしか鍛える事は難しいでしょうし、維持も同じことでしょう。その点、投稿者の数少ない趣味である登山は全身運動としては理想的だと自負しています。低くて傾斜の緩い山はさておき、傾斜のきつい山は、登りも下りも全身の筋肉を駆使せざるを得ません。特に、手や腰回りのインナーマッスルへの負荷は相当なレベルになっている事は、一つの山をクリアした後に体感できるものです。
では、脳の鍛え方はどうすれば良いかですが、これは体を使った新しい事(運動や手作業など)を始め、更には脳に新しい刺激(知識や負荷)を与えるしか無さそうです。前者に関して言えば、手先を使う趣味が良さそうです。若い頃は、電気工作や模型飛行機作りが趣味でしたが、最近はトンとご無沙汰です。これを復活させたいと思っています。
脳への負荷としては、先ずは最初のインプットとして、やはり読書を通じて刺激を受ける必要があるでしょう。50代の前半、放送大学の大学院に入り、環境学を修めましたが、あの時期どれだけ脳が活性化していたかを思い返すと、やはり幾つになっても勉強は続けるべきだと、ぼーっとする事が多くなった最近特に強く思うところです。そう言えば、最近資格取得にも挑戦していない事に気が付きました。本立てを眺めると、資格試験に挑戦するために買っておいた参考書がいくつか並んでいますので、いまさら再受験はしないまでも、これまでに取りそびれた資格の参考書をもう一度おさらいしてみるのも良い事かも知れないと思っています。脳は、あるいは体は、常に新しい刺激を求めている様です。

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2019年6月22日 (土)

3610  名山ハント3

山に登る魅力の一つに「心細さ」が挙げられます。投稿者は、夏山しかやっていませんが、夏山でも山深い高山に、平日に登る場合、登山者も疎らです。3000m級の日帰り登山でも、すれ違う登山者が数パーティという事も珍しくはありません。豪雨の日は登りませんが、小雨やガスが掛かった日でも登る場合があります。
今でも思い出すのは、唐松岳から鑓ヶ岳の間に不帰のキレットと呼ばれる難所がありますが、その日は小雨のち曇りで、唐松岳の頂上には誰も居らず貸切状態でした。さて、肝心のこれから渡るキレットの方を眺めて、少しばかり恐怖を感じたものでした。つまり、そのキレットの「切れ具合」が半端ではなかったからです。両側に数百メートル切れ込んだノコギリの刃の様なキレットは、とても渡り切れる様には見えなかったのです。
それでも、意を決して岩稜に取りついたのですが、3点確保とお経の様に唱えながらの岩渡りになりました。なにしろ、バランスを崩して滑落しようものなら、たぶん遺体も発見されないと想像できます。そう言えば、登山口に写真付きで「この人を知りませんか」と書かれた尋ね人の札が2枚下がっていた事を思い出しました。札は、まだ新しかったのでこのシーズンの行方不明者だと思われます。
前後に全く人影は見えませんでしたので、慎重の上にも慎重にこのキレットを渡り切ったのでした。この間の心細さは、たぶん人生でMAXに近かったと振り返っています。同様の心細さは、北アの中心近くの高天原から、大東新道という黒部川源流の一つを遡るルートで感じました。ルートの下には水量の多い黒部川がゴウゴウと流れており、ルートの何ヶ所かは狭いので岩に貼りついて、通らなければならなかったのです。もし落下すると、激流に飲み込まれてしまうでしょう。このルートは、使う人が殆どいないらしく、前後に人影は全く見えません。落下すれば、人知れず溺死して数日後には黒部ダムに変わり果てた姿で浮かんでいる、という恐ろしい想像も出来たのです。この様な心細さは、それが過ぎてしまうと、何故か自分が生きている喜びに変ってしまう様なのです。登山をする意味とは、自分が生きている事の確認行為でもあるのかも知れません。
幸いにもこれまでの75個の名山巡りでは、一度だけ滑落しそうになったのを除けば、命に関わる様な危ない目には遇っていませんが、残りの25山には北海道の9山の含まれますので、クマ対策は怠らない様に登るつもりです。この表題では一旦終了します。

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2019年6月21日 (金)

3609 名山ハント2

何故山に登るのか、を時々考えます。日本には、一度は登るべき山が少なくとも100個以上あるから、という答えになりそうです。もし、それらがエベレストの様に超人しか受け付けない山々であったなら、殆どの人は山に近づかないで眺めるだけで満足する事でしょう。しかし、日本の山の殆どは、高くても3000mを少し超える程度で、子供や普通の人間でも少し頑張れば登れる難易度なのです。
つまり、訓練や重装備や綿密な登山計画が無くとも、殆どの山が日帰りでの登頂が可能なのです。日本の山は、古くより信仰の対象でもあり、先人はその山に登るためのルートを切り開いても来たのです。結果として、どの山にも登山道が整備され、藪漕ぎをしなくても登る事が可能となっています。その結果、その中から深田が100個をピップアップし、百名山と決めてしまったので、百名山巡りが山好きの一つの目標に据えられたのでした。
百名山の中には、いわゆる日本アルプス(北、中央、南アルプス)の様に、3000m級の山々が連なる難易度の高い山々も含まれますが、多くは2000m級かそれ以下の標高の山々ですので、初心者は最初それらから始めれば良い訳です。低い山々は、それなりの魅力を持ってもいます。例えば、ユニークな植物相や地形や鉱物、あるいは鳥や動物、昆虫など、多様な山々では多様な自然が満喫できるのです。
結局、山に登る目的は、頂上を極めると言うささやかな(時には強烈な)満足感を得たいという欲求と、同時に体に受ける強いストレスと引き換えに、自然に包まれながら他のあらゆるストレスからの解放が得られるから、という結論になりそうです。山登りに必ずセットにしたいものに山の麓に湧く温泉がありますが、温泉に浸かる事によってストレスの解放はほぼ完ぺきになる筈です。今日現在、投稿者は75名山をクリアしていますので、後は25山が残っている状態です。年々、年齢(体力減退)との戦いにはなりますが、決して無理はしないでボチボチ残りを減らして行こうと思っています。

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2019年6月20日 (木)

3608  名山ハント

40代の中ごろ、会社の山岳部が企画した富士登山ツアーに、気の進ま差そうな中一の息子を無理やり誘って参加しました。天気は高曇りでしたが、雨の心配は無くやや高山病気味になりながらも、何とか頂上を踏み、眼下に広がる壮大な景色を満喫できました。この経験が、山にハマるきっかけになった様にいま振り返っています。その後、3回ほど甲斐駒・仙丈、薬師岳や白馬岳のツアーに参加し、それからは単独での百名山巡りが始まったのでした。長年勤めた企業を早期退職し、中小企業に3年ほど勤めていた時は、土日や連休を利用し、55歳で完全フリーランスになってからは、結構自由に山通いを続けたのでした。
自宅から近い、北、中央、南アルプスの殆どクリアし、名山巡りが半数を超えた頃、「これは死ぬまでには是非全山をクリアせねばなるまい」、と決意するに至ったのでした。その後も、年間5-6個の名山巡りを続けてきましたが、一つの区切りはやはり還暦後に、生れ故郷の北国の町に終の棲家を構えようと思い立った事だったでしょうか。鳥海山が居間から見える土地を探し、そこに小ぢんまりした家を構えました。鳥海山には、春先から初雪が舞う季節まで年間十数回登り、その合間の県外で引き受けた仕事のついでに、仕事先近くの山々に上る「いわば理想的なついで登山」を楽しんできました。
しかし、ボチボチ登山ではなかなかハントした名山の数が増えて行かないので、ここ数年は5-6山まとめて上る、自分ツアーを繰り返す様になったのです。最近も、5月末から6月初めにかけての、秩父・山梨6山ツアーでやっと3/4である75山をクリアするに至ったのでした。今後は、当面移動距離が長くて登りあぐねていた北海道と九州の山をハントし、後は数年かけてこれまで登り残した本州の山の「落ち穂拾い」をする予定です。この7月は、北海道シリーズに挑戦しますが、利尻富士を含め9山ある北海道の名山をどれだけ潰せるか、U70(一応まだ70歳以下です)の体力が試される事になりそうです。

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2019年6月19日 (水)

3607  夜の地震

久しぶりで震度5弱で揺さぶられました。昨夜、山形と新潟の境辺りを震源とするM6.7の地震が発生したのでした。真っ先に思い浮かんだのは、子供の頃の新潟地震の記憶でした。沖積平野である新潟平野では、いたるところで液状化現象が起こり、いくつもの鉄筋コンクリートのビルや橋の橋脚などのインフラが、砂に飲み込まれてしまったのでした。もちろん、その記憶はテレビや新聞で見たものでしかないのですが、今回の地震もかなり長い時間(といっても1分よりはかなり短い時間です)揺れたので、さぞかし各地で液状化も起こったのではと想像してしまいました。
夜が明けて、ニュースで見ると今回の液状化の被害は、限定的だった様で、不幸中の幸いと言えるかも知れません。
沖積平野に作られたインフラ(例えば高速道路)を走るとよく分かるのですが、道路がかなり波打っています。橋の袂やアンダーパス等コンクリートで固められた部分は基礎がしっかりしているので、地震でもあまり沈みませんが、元田んぼに土盛りをしただけの一般部は、地震が起こるたびに沈み込む訳です。その結果、コンクリート部分と盛土の境目には、かなり大きな段差が生じ、仕方がないので段差をなだらかにするために舗装を修理する羽目になるのです。
この国は、誰が何と言っても「地震大国」である事は間違いないでしょう。太平洋側のプレートが沈み込むトラフの危険性は当然としても、日本海側でも深さ10㎞程度の直下型に近い地震が、それなりの頻度で発生しているのです。日本の急峻な山々は、地震で生じた割れ目を雪や水が削って出来た地形なのでしょう。従って、近くに険しい山々が連なっている地域では、地震のリスクを意識し、備えをしておくべきだと思うのです。幸いにも、我が家は木造ですが最近の新築ですので、構造上は震度7くらいまで耐えてくれるのでしょうが、それに加えて食器棚や飾り棚には、転倒防止のストラップを付けておいたので、被害は一切ありませんでしたが、震度5弱といえどもやはり少し胆を冷やす夜の地震ではありました。

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2019年6月18日 (火)

3606 平和の礎としての環境2

続きです。航空機による交通が便利になって、地球のサイズが有限であるという認識が広まるにつれて、いわゆるグローバルな視点の共有が浸透してきた様に思います。なにしろ、1万メートル上空の旅客機の窓から眺めれば、地球が丸い事は容易に理解できますし、数回の食事をし、少しウトウトしている間に別の大陸に到達できる訳ですから、地球というものを意識しない訳にはいかないでしょう。
窓から見える地表に、もちろん「国境」などが引かれているのが見える筈もなく、連続した陸地や海が見えるだけなのです。人間の往来を阻む、急峻な山脈が国境になっている場合も多いのですが、一方では砂漠の真ん中に、緯度や経度で勝手に線引きされている国境も多いのです。これらの直線の国境引きには、旧宗主国(大国)の意向が強く反映されていて、多くの場合この国境を挟んで、悲しい同じ民族同士の紛争も絶えないのです。
しかし、地勢学的境ではない人間が引いた国境は、間違いなく「環境の境」ではない筈です。そこには、全く同質の砂漠が広がっているでしょうし、事実動物たちは自由に国境を跨いで移動していることでしょう。上に書いた険しい山脈や海洋が、境としての大きな環境の違いを生んでいる場合でも、今や長いトンネルや国際間のフェリーなどによって、両地域の往来が活発に行える時代でもありますから、今や地球上には地勢学的な境はますます色が薄くなってきてもいます。
その意味で、今や地球はOne Worldであると考えざるを得ない時代になったのです。
ある国の大気汚染物質やPM2.5が、季節風に乗って海を越えれ襲来する時代です。海洋は繋がっていますので、ある国で投棄されたプラスチックごみは、世界の海を漂い続ける事でしょう。今や、国同士がお互いの利害を主張し合っている時代ではないのです。環境悪化に立ち向かうために、全ての国が協力し合わなければならない筈なのです。その協業が、ひいては平和の礎に繋がる活動になれば更に理想でしょう。なにしろ、立ち向かうべき共通の敵(環境悪化や気候変動)が見えている訳ですから、利害は完全に一致しているでしょう。その利害に割って入るのは、やはり経済的な利害の対立でしょうか。その象徴としての、石油資源の偏在と利権争いが、20世紀を通じて国際協業を邪魔してきましたし、21世紀に入ってもそれが続いています。主に太陽光エネルギー(再生可能型エネルギー)だけに頼る世界の到来が待たれる所以です。

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2019年6月17日 (月)

3605  平和の礎としての環境

一般にヒトは、他の生き物に比べて知恵が高度に発達していると信じられています。確かに高度に発達した(してしまった)科学技術で人類を月に送る事さえできました。しかし、一方では科学技術をネガティブに利用もしてきました。それは、戦争の道具としての大量殺戮兵器の開発であり、原子力を破壊のために悪用した原水爆であり、そして何より環境破壊だと言えるでしょう。
しかも、人類は歴史が始まって以降、地表や海洋に、勝手に国境という線を引き回し、隣国や他国との数々の諍いを展開してきたのです。もちろん、それらのいくつかは周囲の国々も巻き込んで、大きな戦争になった事も多かったのです。最後の世界大戦が終わっても、大国同士のイデオロギーの対立は、途上国同士の代理戦争という形で、今の時代に至っても解決の方向に向かう兆しは見えていないのです。その意味で、人類は高度に発達したと自負している知能を使っても、未だ「絶対的な平和に至るプロセス」を発見してはいないと言えるでしょう。戦争というプロセスでは、通常関係国が勝者と敗者に分かれるため、多くの場合勝者の論理がまかり通る事になり易いのです。この国も、先の大戦後B国に占領され、その占領政策の後遺症が未だに基地問題などとして尾を引いてもいるのです。
しかし、環境問題に関しては少しだけ望みがあるかも知れません。というのも、環境問題では人類全体が被害者であり敗者になるからです。大気が汚れ、CO2が増えれば、呼吸器系の病気が増え、気候も激烈になってくるでしょう。また、水が汚れれば川や海の生き物が消え、やがて汚れた水を飲む私たち自身の体の中にも異変が生じるでしょう。今私たちが苦しめられているアレルギー疾患や原因不明とされる難病のかなりの部分には、微量の(環境ホルモン等の)環境汚染物質が絡んでいる可能性すらあるのです。人類全体も、他の生命同様に被害者であるならば、その人類が結束して対策を打つには、あまり抵抗は無い筈でしょう。最近でも、G20で海洋プラスチックの問題が取り上げられていた様ですが、ただ残念な事は多国間の協議では、そのルールが緩やかで、しかもその歩みが非常に緩慢な点でしょうか。この国が、やるべき事は多国間の約束を順守することではなく、出来る限り前倒しして他の国々の範になる事だと思うのです。それこそが、この国の(今は中身が薄いが)環境立国としての自負を裏付ける行動なのです。その意味で環境は、取り敢えずの全世界協働の礎にはなり得るイシューだとは言えるでしょう。

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2019年6月15日 (土)

3604 この国の行く末3

何事にせよ批判からは何も生まれません。与党が多数をカサに着て好き放題をやり、それを野党がいくら言葉で批判したとしても、何も変わらないのです。さて、変えるための行動です。変えるためのやり方にはいくつかの方法があるのでしょうが、ここでのキーワードとしては「チリも積もればごみの山になる」と「着眼大局、着手小局」を挙げておきましょう。
最初のKWです。最近、砂浜の海岸を歩く機会がありましたが、今問題になっているプラごみが何メートルもの幅で漂着している光景に出合い、ショックを受けました。多くは、ハングルやC国語の表記があり、日本海流に乗って南から流れ着いたものと想像されます。一つひとつのごみは、誰かが何気なくポイッと捨てたものなのでしょう。しかし、その誰かが何十人、何百人、更に何万人と重なるにつれて、ごみの量も手に負えなくなってくるのです。ごみの山が、一つひとつの積み重ねであるならば、その対策はその逆にする必要があるでしょう。
その対策の具体策が、二番目のKWになりそうです。つまり、個々人がごみを少しずつ捨ててしまったとすれば、それを回収する側も少しずつ拾い続ける必要があるという事です。1万人が捨てたごみが海岸に打ち寄せられている場合、それを例えば千人のボランティアが拾い集めると仮定すれば、一人当たり10個ずつ拾う事によってそのエリアの海岸はクリアになるのです。しかし、それにたった一人で立ち向かう場合は、毎回10個拾うとすれば、その海岸に1000回通わなければならない計算になります。しかし、たとえ一人でごみ拾いを行うとしても、少なくとも少しずつではありますが、その海岸のごみは減っている筈なのです。海岸を広く眺めて(着眼大局)ごみの山に絶望したとしても、ごみを拾い集めるのはまず目の前の一個から始める(着手小局)必要があるという事です。
この国の行く末を大局で眺めて、山積する問題の多さや大きさに絶望するのでなく、先ず自分の手で何が出来るのかを考え、それが良い方向に向かう確信が持てるのであれば、迷わずそれを始めるのです。たとえ一人からでもです。その活動の輪が、徐々に広がってムーブメントになれば、この国や地球環境の行く末にも光が差す筈なのです。この表題ではひとまず終了します。

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2019年6月14日 (金)

3603  この国の行く末2

この同じ様な書き出しで書くのは多分3回目ですが、B国のネイティブアメリカン(その昔はインディアンと呼んでいましたが)の部族の教えがココロから離れません。それは、「全ての決め事は、7世代後の子孫の幸福につながる様に」というものです。例えば、原発を建設を検討する時にもし誰かがこの問いを発したならば、計画は即時に中止になった事でしょう。なにしろ、使用済みの燃料の処置方法さえロクに決めず、ましてや廃炉の事など全く考えずに計画を断行してしまったた訳ですから。原発から生れた、厄介者の放射性廃棄物は、7世代先の子孫どころか、数千年に亘って子孫を苦しめ続けるのですから、まさに現世代中心の悪魔の計画とその実行だったと言うしかありません。
現実にも、東日本の大震災で、その悪魔が地上に解き放たれてしまった訳ですが、その悪夢さえも、10年も経ずして喉元の熱さを忘れかけ、彼の国のリーダーとゴルフ遊びに惚けながら、バカ高い買い物を押し付けられるているこの国のリーダーを見るたび、嫌悪感に襲われるのです。おっと、また愚痴になりかけている。ここで再度強調したいのは、7世代後の子孫の幸福とは何かという点なのですが、私たちがその子孫の生活スタイルまで決める事は出来ないでしょう。価値観が今とはかなり違っているかも知れませんし、今の幸福は未来の幸福とは別の形になっているかも知れないからです。
そうであれば、私たちに出来る事はと言えば、少なくとも今私たちが享受している資源や、地球環境を出来るだけ改変(悪化)させずに子孫に引き渡すことしかないと思うのです。これを別の形で表現するならば、「持続可能性を出来るだけ高める」事となるのでしょうか。そのためには、私たちは地下資源は可能な限り温存し、再生可能な資源を中心に社会システムを設計し直さなければならないでしょう。数日前のTV番組ですが、ディレクターがプラスチックを全く使わない生活を送る実験をしていましたが、3週間ほどでギブアップしていた様です。つまり、現代社会では、ほぼ全ての商品が、プラスチックを使った包装に覆われていて、ばら売りの商品などは店舗から殆ど消えてしまったという事なのです。電化製品や日用品にしても、製品全体や一部に100%プラスチックが使われているので、もしプラを使わないというルールを決めたとすると、何も使えなくなるのです。プラは、石油から作られますが、現状では殆どマテリアルリサイクルされずにごみとして埋められるか、燃やされている「使い捨て資源」という事になるのです。更に続きます。

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2019年6月12日 (水)

3602 この国の行く末

自分の人生の行く末が、だいたい見えてくると、どうしても自分の子供達を含む残された人達が住み続ける事になるこの国の行く末が気になるこの頃です。今の政治のリーダー達には、たぶん10年後の将来像も描けていないのではないかと訝ります。当面の選挙、その前の政局にしか興味が無さそうに見えるのです。野党はと言えば、大同団結どころかますます細切れに分裂し、弱小化に歯止めが掛かっていない様です。その結果、現リーダーや閣僚たちの言葉尻をつかまえて、非難を浴びせかけるのが精々です。
残念ながら、これらの非難も、国会で絶対多数を占める現政権には、さながらカエルの顔にション何とか程度にしか感じていないのでは、と想像しています。その結果、戦後一番だか、憲政史上一番だかの長期政権の存続を許し、閣議決定とやらで決められる、民主主義とはかけ離れたやりたい放題に歯止めが掛けられないでいるのです。おっとっと、このブログは批判を目的にはしていませんでした。
さて、この国の行く末です。寂しいのは、70年近く生きてきて、その間のリーダー達からこの国の将来に関するビジョンが殆ど聞かれなかった事でしょうか。もちろん、少数のリーダーからは、例えば「所得倍増計画」だとか、「列島改造計画」だかの花火が打ち上げられたこともありましたが、この国の在り様は将来どうなる(する)べきかと言ういわゆる将来ビジョンを聞く事はなかったわkです。国の国際的な位置取りはどうすべきか、その国で企業スタイルや国民のライフスタイルはどの様な方向に進むべきか、その中で子供たちの教育の中身は、あるいは個々人はどの様に振舞うべきか、といったビジョンなり指針はついぞ聞かれる事はなかったと記憶しています。
少なくとも政治家(残念ながら今の議員のほとんどは政治屋です)を志したからには、少なくとも「国家百年の計」の旗印を掲げるべきでしょう。しかし考えてみなければならないのは、この言葉は元はと言えば中国の古典からの引用なのですが、それが安易な「政治用語」として安易に利用されてはならないという点でしょう。
そうではなくて、百年の計を巡らすには、先ずは将来を担うべき子供達や若者の教育から着手すべきだと思うのです。またまた批判ぽくなりますが、B国に買わされる多額の武器(戦闘機やイージス何とか等)の調達費用で、Fクシマの廃炉や除染がどのくらい加速出来、加えて一体どのくらい立派な教育環境を整える事が出来るのかを想像すると、暗澹たる気持ちにならざるを得ません。続きます。

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2019年6月 9日 (日)

3601 竟の住み処と墓所

ややノスタルジックな随想です。投稿者としても70歳が近づくにつれて、やはり人生の終い方を意識する様になりました。60歳を超えて、仕事の関係で長らく済んだ中部の街を離れ、北国にUターンをし、計画通り65歳で竟の住み処となる家を建てました。子供頃よく遊んだ小高い山を散歩している時、自治体が開発した共同墓地を見つけ、まだ大分区画が空いているので、ここに一区画を求める事にしました。子供の頃見慣れた風景の中の墓所にゆっくり眠るのも良いかな、と思ったためでした。
この山は、海岸に出来た砂山で、想像するに雪解け水を集めた急流が山から海岸に運んだ豊富な砂が、冬期に強烈な季節風で海岸に吹き上げられて細長い砂の山を築きあげたのでしょう。江戸時代の偉い先人(庄屋)が、この砂が田を埋め尽くすのを防ぐために、三代に亘って海岸に幅数キロの松林を植林したと地元の歴史は伝えています。その山の頂上付近の松林の中に共同墓地が開かれたのでした。
お迎えが来たら、ゆっくり眠ろうと考えていたこの山(丘)に最近異変が起きました。何と巨大な風車が2基建設されたのです。南北に長く続く丘ですから、既に街の南側に林立する風車群の様に、この山にも今後巨大風車が林立する事になるのでしょう。何となく騒がしくはなりそうですが、それでも火力発電所や松林を切り倒しての太陽光発電所などに比べれば、大分マシで」多少の騒音は許容するしかないとも思います。
ともあれ、住み処と墓所が確保され、年金と定年の無いささやかな自営収入がありますのでこの先の暮らしに不安は無いのですが、この家を娘か息子のいずれが継いでくれるかが少し心配ではあります。自分達夫婦が何歳まで生きるかは神のみぞ知るところなのですが、少なくとも子供たちの人生は今後50年位は続くのでしょうから、暮らしやすい田舎に再度仕事を求め、親に続いて(彼らにとっては)Iターンして貰いたいとも思うのです。若い頃、勝手に故郷を捨てて外に出て行き、還暦を機にUターンした親の勝手な想いなのですが・・・。

 

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2019年6月 8日 (土)

3600 スマート~

世の中には近年「スマート~」が溢れてきた様です。スマートフォン、スマートスピーカ、スマートウォッチ、スマート(自動運転)車、スマート、スマートTVなど等。このスマート~の意味としては、それを使う人にとって楽が出来て便利であるといったものでしょう。携帯電話ではできなかった、各種の検索やメールやラインや動画視聴や各種支払いなどが出来るスマホは、最早人々の必携アイテムになってしまった感があります。
しかし、間違いないことは、便利な機器の便利な機能が、結果的には人々の能力を退化させてしまうだろうという事でしょう。事実、今パソコンでキーボードを打ちながら、仮名を(スマート)漢字変換している投稿者自身の「漢字書き取り能力」は、格段に低下(退化)している筈です。分からない事を、ネット検索に頼り切っている人々は、自分で考えたり、推定する能力が日々退化していく事でしょう。もしかすると、スマート~を使い過ぎて、目一杯楽をする事が認知症の増加の遠因になっている可能性すら考えられるのです。
その意味で、私たちは自分の能力退化のリスクを犯しながらも今あくまで便利さの渦にのみ込まれていくのか、それともここで踏みとどまって、不便さに回帰していくのかを選択しなければならない時代に居るのだと自覚しなければならないと思うのです。それは、便利グッズを何もかも捨ててしまおうと主張しているのでなく、多少不便な方向に少しだけ戻るだけでも、自分の能力の回復には役立つ事でしょう。投稿者の場合、車について言えば、免許を取って以降、マニュアル車に乗り続けてきました。マニュアル車は、ドライバーに同時にいくつかの動作を要求します。発進時には、左足でクラッチを踏み、右手でハンドルを持ちつつ、左手でギヤを入れ、同時にクラッチを繋ぎつつアクセルを少しだけ吹かすのです。投稿者の場合は、停止時は必ずサイドブレーキも引きますので、その解除も同時に行うのです。当然の事ながら、目は前方・後方の道路状況を把握し、耳もラジオの情報やあるいは何かの異常音に反応すべく注意しているでしょう。
つまり、マニュアル車を運転している限りにおいては、頭はボケる暇が無いのです。毎日の様に接するマニュアル車の暴走事故のニュースを見るたび、アクセル操作だけで道路状況に応じた速度で走行するオートマ車の、メリハリの無い単調な操作に能力減退の危機感を感じてしまいます。「スマート~」のコマーシャルは、私たちの能力(脳力)を退化させようと目論む悪魔の囁きに他ならないのです。

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2019年6月 7日 (金)

3599  フェイルセーフ

山から下りてきて投稿再開です。このタイトルでは、何か大きな事故が起こるたびに数回投稿した様な気がします。航空機産業に従事していた時代、このキーワードをそれこそ耳タコで聞いてきました。つまり、トラブルが起こった時でも、最も安全な状況になる(出来る)様にシステムを設計せよ、との指針です。飛行中の航空機の場合は、先ずは最寄りの空港に安全に着陸することでしょうか。しかし、先日軌道上(つまりは1次元の動きしかしない)を走る自動運転車(トラム)があってはならない逆走事故を起こしました。電気信号が、正常に送受信出来たかどうかは問題ではないのです。何処かが故障した際には、「最悪でも停止」しするシステムになっていなければならないでしょう。それどころか、始発駅で逆走し車止めに当たってしまったとか。あり得ない、絶対あってはならない事故だと言うしかないでしょう。
この自動運転車のコントロールシステムにも当然の事ながら、いわゆるパリティチェックの機能は組み込まれていたと想像しています。つまり、制御信号が適切に流れているかをチェックできる別の仕組みの事です。単に二重になっているだけのチープなシステムでは、二重システムの結節点以降のトラブルには対処できません。モーターへの信号の場合、モーターが実際に信号通り回ったか否かのフィードバック信号が、コントローラーに還ってきて、その差異が比較できなければなりません。それが電気的に行われるのが一般的なパリティチェックですが、もちろんトラブルは一つのパターンだけではありません。信号線の断線などもあり得るでしょう。
繰り返しますが、真のフェイルセーフとは、トラブルが起こった場合でも、最も安全な状態に着地できる事です。トラムでは、先ずは安全な減速度で停止できる事でしょう。停止中なら、その状態を維持する事です。にも拘わらず、制御室の意に反して、逆走してしまったのです。もし原因が判明して、それを修理したとしても、運転再開はすべきではないでしょう。もし、このトラムのシステムそのものが、完全なフェイルセーフになっていない可能性があるからです。その場合は、システムの再設計が必要となるでしょうから。

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