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2019年6月29日 (土)

3617  比喩2

現代の世相の比喩として、登山の比喩の他に「航空機の比喩」もかなり本質に迫っていると自負しています。それは、現代文明を航空機に喩えるものです。航空機は、20世紀の発明品として、確かに今の世の中には不可欠の存在になった様に見えます。ライト兄弟のフライヤーから、二度の世界大戦と、複数回の局地戦争などを通じ、航空機の発展は目覚ましいものでした。大型化、ジュラルミン化、ジェット化、長距離化、フライバイワイヤ(電気や光ケーブルによる制御)、複合材化などなど。
しかしながら、航空機の歴史を通じて変わらなかったものがありました。それは燃料です。内燃機関のエンジンではガソリンだったでしょうが、ジェット化以降はケロシン(灯油に近い燃料)ですが、いずれにしても石油由来の燃料である事には変わりがありません。つまり、航空機開発の歴史を通じて、航空機に積んで飛ぶ際に、重量の割に熱量(エネルギー密度)が高い(石油に代わる)燃料が見つからなかったのがその理由でしょう。いずれにしても、全世界では一日当り8000便もの旅客機を飛ばし続けるには、膨大な量の石油が必要な事は自明です。結局、大都市や航空機に代表される現代文明を支えるには、膨大な量のエネルギー(主に石油や天然ガス)に依存するしかないのです。
しかし、投稿者が現代文明を航空機に喩えるのは、航空機が積載できる燃料は「有限である」という最大の欠点が同じであるからなのです。航空機の性能の一つとして「航続距離」がありますが、実用的な旅客機では、精々シンガポールからアメリカの東海岸辺りまでのストップで飛ばすのが精一杯でしょう。航空機は燃料が切れれば、着陸しなければならないのです。いくら、機内の環境が快適で、美味しい食事や飲み物が提供されるとはいえ、それは離陸から着陸までの限られた時間内の話です。
では、都市に代表される便利な日々の暮らしはどうかと言えば、それも航空機の中の過ごし方と変わりは無いでしょう。中東などからの石油や天然ガス及びそれから作られる電力(つまりはエネルギーですが)、海外や田舎からの食糧の供給が途切れれば、都市の暮らしは直ちに困難に直面する筈です。ガスや電気が無ければ、食事も準備出来ないでしょうし、下水場のポンプが動かせなければトイレだって使えないでしょう。電気が無ければ通勤も出来ないでしょう。それにも増して、食糧を都市に運ぶ輸送も止まり、全ての店先の陳列棚から食糧が消えてしまうでしょう。
では、エネルギーや食糧の供給が細ってしまった大都市が航空機の様に何処かに着地できるかを考えてみると、全く無理な相談である事が分かるでしょう。大都市は、外からのサプライ(供給)以上の人口は支える事は出来ないのです。都市が「着陸」するためには、都市から田舎への人口の還流こそが不可欠の条件なのです。航空機の比喩が有効だと思う所以です。

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