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2019年6月25日 (火)

3613  持続可能性

全ての環境問題は、持続可能性の問題に還元できるでしょう。といよりも、持続可能性を担保出来るなら、全ての問題は雲散霧消するとさえ言い切っても良いのです。持続可能性には、時間軸が付き物です。つまり、現時点(あるいは過去のある時点)をベースラインに取り、それ以降の事態が悪化したか、あるいは現状維持出来たかというのが問題なのです。現状より好転する場合も勿論ありますが、環境問題に関する限りそれは期待できません。何故なら、人間が活動する限り、環境は悪化の一途をたどる運命にあるからです。例えば、流れ着いたごみで埋め尽くされた海岸を、ボランティアを募って清掃したとしましょう。確かに、狭い範囲の海岸はきれいになったのですが、かといってごみが消え去った訳ではありません。清掃後は何十もの大きなごみ袋がパンパンになったものが残るでしょう。参加者にペットボトルに入った飲み物とサンドイッチが配られれば、それを飲んだり食べたりすれば、新たなごみが発生するでしょう。集まれてたごみは、パッカー車に押し込まれて、ごみの焼却上へ向かうでしょう。それらは燃やされ、大気中にかなりの量のCO2が排出され、量はかなり減りますが焼却灰も出るでしょう。
地球環境の持続可能性維持のためには、結局人間は人口を減らし、出来るだけ何もしない暮らしのが最も良い対策だ、という変な結論になってしまいそうです。でも、それはその通りでしょう。人間が何か行動しようとすれば、お腹が減りますから何か食べなければなりません。その食べ物は、自宅の庭で作れる訳ではないので、農家が人手とエネルギーと化学肥料と農薬を使って作った作物、あるいは人工飼料と抗生物質で太らせた食用動物の肉を口にするでしょう。どこかに移動するのに、エネルギーを使う車や電車や飛行機を利用するでしょう。寒ければ、化学繊維で作られた衣服を身にまとうでしょう。
しかし、余暇は寝て過ごし、動かないのであまり食べずに、移動も歩いて行ける範囲内に限る様な生活を送る人は、活動的な生活スタイルの人に比べれば、環境負荷は随分小さくしながら暮らせそうです。皮肉な事ですが、例えばゲームにハマりながら、終日部屋の中で過ごす様な人達は、実は環境に優しく、持続可能性を毀損しない「環境人間」だとも言えるのかも知れません。それが、「人間らしい」生活かと問われれば「否」と言うしかありませんが・・・。人間らしく生きるためには、地球環境を汚さずにはいられない様です。それにしても悲しくなる結論です。

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