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2019年6月26日 (水)

3614  持続可能性2

持続可能性を毀損しているのは、結局人間の経済活動だと断ずるしかありません。そもそも経済活動は、結局モノの余剰が生んだ社会活動だと言えるでしょう。想像ですが、人々が自給自足生活を送っていた時代、手に入るモノだけで、ギリギリの生活を送っている状況なら、夫々の人の手元には他の誰かに売るべき「余剰=商品」はありませんので、商業などと言うものも全く発達しない筈でしょう。しかし、ある人が荒地を開拓し、自分の家族が食べる以上の食糧を手に入れたと仮定すれば、余った食糧を足りない人達に売る事は出来る事になります。手先が器用な人達は、手に入る材料を使って道具を作って、食糧と交換するかも知れません。体が大きくて力持ちの人は、それらの商品を運ぶ仕事に就くかも知れません。
かくして、商業を含む経済活動が始まり、現在の規模まで拡大してきたのでした。経済活動拡大の背景には、もちろん産業革命以後の科学技術があった事は論を待ちません。それどころか、化学技術のコメとも言える、金属・鉱物資源や石炭・石油・LNGなどの化石エネルギーこそが、経済爆発の「起爆剤」であり「爆薬」であったことは、間違いないでしょう。
さて経済活動は、経済発展(拡大)を前提に設計されていますので、その前提が崩れた場合のカタストロフ(破局)は中々想像できません。つまり、経済の恒常的な右肩下がりが確定的な社会では、投資家のマインドは冷え切っていますし、消費も例えば恒常的な人口減少の結果、同じ比率かそれ以上の率でシュリンクしていくでしょう。一見、将来にも夢が描けず、暗黒の社会の様にも見えますが、実はそうでもないかも知れません。
というのも、投稿者がUターンした北国の町では、毎年1%ずつ人口が減っていて、それに応じた程度の率で、消費も縮んでいる筈です。しかし、投稿者の住む地域には新築の家がドンドン建てられ、新しいスーパーも回転してもいるのです。もちろん、中心部から離れた山に近いエリアでは、家主が亡くなったり、冬の除雪が出来ない人達が街に降りてきた結果、空き家が増えてそれらが徐々に朽ちていくのでしょう。それで何が起こるかと言えば、街の中心部の密度が上がり、周辺の過疎化が加速するだけなのです。
地域の持続可能性のために必要な事は、企業誘致だけで雇用を生み出す、百年一日?のごとき「地方創生」政策ではなく、先ずは過密な都市部から、人々を田舎に呼び込む政策が必要でしょう。雇用は後からついても来ますし、農業に興味がある人達なら自給自足も可能でしょう。ネット環境が発達した現代、田舎暮らしこそ、持続性可能性が十分高く、QOLの高いライフスタイルになり得る筈です。

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