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2019年8月29日 (木)

3651  雑草の戦略

I垣栄洋の「身近な雑草の愉快な生きかた」と言う本がたまらなく面白かったのです。道端で普通に見かける雑草には、もちろん夫々に名前が付けられていますが、ネーミングも面白いのですが、その生き方が夫々に興味深いのです。今普通に見かける雑草は、在来種も帰化種も夫々熾烈な生存競争を経て、生き残ったものばかりでしょう。それらは、例えば道端で踏みつけられることに耐えて生き延びて来たもの、信じられないくらい沢山のタネを付けてテリトリーを広げて来たもの、地下茎を深く伸ばして地上部が刈り取られてもすぐ芽を出すもの、在来種より背丈を高く伸ばし太陽光を独占してしまうもの、他の植物に絡み付いて締め殺してしまうもの、根から有毒な物質を出して他の植物を遠ざけてしまうもの、受粉のために昆虫を徹底的に利用するものなどなど、全ての雑草が今その場所に生えているのは、それなりの戦略が成功した結果だと言えます。
雑草たちは、人間が品種改良した作物とは異なり、与えられた環境に順応し、加えて巧みな戦略の下にそれなりの進化も織り込み、テリトリーを広げて来たわけですが、その中にはタンポポの様に在来種と帰化種との交雑も含まれている様です。著者は、それらの雑草の生き方を、人間社会に投影して見せて、ユニークな生き方を浮き上がらせているのです。その比喩は、古の万葉集の引用やサッカーの試合、アニメや芸能界の出来事まで、多岐に亘っているので読み飽きません。
振り返って、人間と環境の関係を眺めて見ると、雑草(植物)と環境の相互(互恵)作用の関係ではなく、人間が一方的に環境を利用し、環境を勝手に改変してしまう歴史だったと言えそうです。後戻りが出来ない形の改変は、結局ブーメランとなって人間を痛めつける結果になる事は、これまでの生物の絶滅や公害や鉱害やゴミ問題や気候変動と言う事実が雄弁に物語っている筈です。食物連鎖の頂点に立っている人間こそが、自分達が環境にばら撒いてしまった「毒」が濃縮する被検体である事に私たちは早く気付くべきなのです。もしかすると、アレルギーやガンや生活習慣病や難病と呼ばれる病気のかなりの部分が、環境(悪化)由来かも知れないのです。環境や他の競合相手とも共存し、環境変化に順応してしぶとく生き延びてきた雑草や植物に、私たちはもっと学ぶ必要がありそうです。

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