« 3633 農学と工学 | トップページ | 3635  ゴミ塚 »

2019年8月 2日 (金)

3634  ゴミを見えなくする社会

私たちの社会は、ある時期以降ゴミを見えなくする(無かった事にしてしまう)社会に移行してしまった様な気がします。それは、私たちの認識が、ゴミは汚いもので厄介者だという姿勢が強まってしまった結果でもあるのでしょう。ゴミはゴミ箱に捨て、最後は黄色いゴミ袋に押し込んで、道路沿いにあるゴミ捨て場に置いておくと、知らない内に行政や行政に指定された業者のパッカー車が回収して、市民があまり知らない場所(焼却場や埋め立て場所)で処理されるという訳です。もちろん、燃やしたからといってゴミが全て気体になって雲散霧消する訳ではありません。どんなゴミでも燃やせば一定量の灰が出ますので、その焼却灰はやはり埋立て処分場に持ち込まれ、埋立て処理される運命にある訳です。
かくして、ある自治体が使っている埋立て処分場は年々不燃ゴミや焼却灰で埋まって行き、最後は満杯になってしまうのです。十分な広さの最終処分場が確保自治体では、手を打たなければ10年以内にも埋立てが出来なくなると言われ、日本全体でも20年以内には埋立て処理が行き詰ると予想されているのです。これは、ゴミを見えなくする社会の仕組みに欠陥があるから、としか言えない現象だと言えるでしょう。もし、昔の様に行政によるゴミ回収システムが整っていない時代であれば、自分が出したゴミは自分で何とかしなければならない時代であれば、人々はゴミをなるべく出さない様に行動する筈なのです。
方法は、ゴミをなるべく見える様にするしか見当たりません。海外では、ゴミ収集業者のストライキにより、例えば1週間以上ゴミの回収が滞ったなどというニュースが時々流れますが、その際には道路の両側に放置されたゴミが溢れかえるといった画像が流されました。ゴミを捨てた人々は、否応なしに自分が捨てたゴミと向き合わなければならなかった訳です。問題は問題として当事者が目で見て、それ(ゴミ問題)を認識する様に出来れば、ゴミも少しは減る様になるとは思いますが・・・。

|

« 3633 農学と工学 | トップページ | 3635  ゴミ塚 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 3633 農学と工学 | トップページ | 3635  ゴミ塚 »