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2019年8月26日 (月)

3648  量的に正しくない技術

3647で言及した時間の問題に加え、量の問題もあります。量的に正しくない技術とは、技術それ自体で直接環境を悪化させるものではないにしても、その量が大量になるにつれて、害悪を与え始める技術を指す投稿者の定義です。たとえば、古代においては石油は地下から自然に滲み出てくるものであり、自然に着火したものは「燃える水」として、信仰の対象にさえなったものでしたが、それを大量に掘り出して燃料やプラスチックの素材として大量に消費する様になって、その消費は「悪」と見做される様になったのです。
人類は、資源を利用する事に夢中になり過ぎ、それを消費した後の始末に関しては、殆ど考えてこなかったのです。その結果、大気中に放出されるCO2などの温暖化効果ガスもモノを消費した結果のプラスチックごみも、燃やされて更なるCO2を増やし、また埋立てられたり、海洋投棄されたりしてごみ公害を生んだりしているのです。その結果、例えば海で死んだ魚やクジラなどの海洋生物を解剖してみると、100%の確率で消化器やエラなどからプラスチックごみが見つかるのです。
原発も同様です。実験室レベルの放射性廃棄物は、深い穴でも掘って、その中に溜めておけば良いでしょう。しかし、既に原発でウランを燃やして(核分裂させて)生まれてしまった、プルトニウムや放射性廃棄物は、大量であるが故に安全に保管・処理する技術も場所も確立されてはいないのです。何しろ、放射性廃棄物の放射能が半分になるのに(半減期に)何万年も掛かる物質があるくらいですから、時間により解決を待つ訳にもいかないのです。ましてや、生まれてしまった放射能を消したり、中和したりする技術は未だ発明されていません。和たちに出来る事と言えば、自分達の身を犠牲にしてまで放射能の利用に身を捧げたキュリー夫妻やそれを世界のパワーを握るため、巨費と多数の優秀な科学者・技術者を投じて、原爆や原子力潜水艦のエネルギー源として原子炉を実用化したB国を恨むしかないのです。
現代の世の中を見回してみると、この様な「量的に正しくない技術」に満ち溢れていると言わざるを得ません。元技術屋として、それらの技術を拡大するため、ホンの端っこだけですがその先棒を担いで来た身としては忸怩たる思いしかありません。

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