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2019年8月22日 (木)

3644 技術者倫理

技術屋を十数年前に卒業した(つもりな)ので、堂々と技術や技術者の「悪口」を書くのですが、今の技術者には倫理が欠けていると言うしか無さそうなのです。倫理とは、投稿者の理解する範囲で大雑把に言えば、人が他人との関係に於いて守るべき則の様なものだと思うのですが、残念ながら技術者は他人ではなくモノと向き合っていますので、最初から倫理をすっ飛ばしてしまうのです。
いくつか例を挙げましょう。例えば、車です。車は現在では最も普及した移動手段の一つなのですが、残念ながら車対人の関係に於いて倫理が欠けていると言わざるを得ません。もちろん、車を運転するのは人であり、車に対面する通行者も人です。しかしながら、ドライバーと通行人は対等の関係にはなり得ないのです。それは、車と人が衝突した時を想像すれば十分でしょう。車に衝突された人は、通常タダでは済まないでしょう。大怪我をするか、ひどい場合には命を失う場合も多いのです。
車を設計した技術者は、この非対等の関係を無視してきた様に思います。最近でこそ、スマアシブレーキや監視カメラによる衝突回避機能などを盛り込んだ車が出ては来ていますが、それが法制化されまでには遠い道のりがありそうです。
(経済)効率を優先する技術者は、これまでも倫理上の多くの過ちを繰り返してきたと振り返っています。全ての公害問題や多くの社会問題は、技術者によって引き起こされました。多くの技術者は企業に所属していますので、倫理上の技術者の良心も、企業の経済論理が許す範囲内でしか発揮できないのです。この縛りを抜け出すためには、技術者は自分で会社を興すしかないのですが、得てして技術者には経済オンチが多いのです。もし技術者倫理を守っていく事が社是の企業を作ったにしても、それは3日で潰れてしまい兼ねません。その意味で、技術者「倫理」と経済「論理」の両立はほぼ不可能であると結論せざるを得ない様なのです。残念ながら。

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