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2019年10月 7日 (月)

3671 作るものが無い

この5年間で、いわゆるメーカーのあり様もかなり変わってきた様な気がします。この国のメーカーは、戦後一貫して、品質の高い製品を、1円でも安く作る事に専念し、得意にしてた来たと言えます。その中で、一時期はWークマンに見られる様な小型化や精密化を進め、モノ作りとしては限界を極めたと言っても良いでしょう。しかし、その一方でモノの持つ機能やデザイン(所有する喜び)の様なものは、二の次の位置に置かれ、気が付けば得意分野だった、携帯電話やスマホ分野でもAップルやK国、C国の後発メーカーに水を開けられ、赤字を積上げた結果、事業として浮き上がれなくなってしまい、ついには海外に身売りを余儀なくされる企業も出てきたのでした。
一方で、車メーカーは、ハイブリッド化や電気自動車化やスマアシ化や自動運転化にも、それなりに対応し、何とか面目は保ってはいますが、N産のドタバタ劇も含め、必ずしも将来は明るいとも言えない状況でしょう。今後10年、20年のレンジで見て、今ある様な鉄の塊りである「車」が、売れ続けるのか、立ち止まって考えてみるべきですし、メーカーは、もっともっと製品を作る目的、つまりは製品の持つ機能やデザインや使い勝手など、いわゆる製品の「クオリア」を重視すべきだと思うのです。.
人々がモノに餓え、メーカーがモノを作れば売れた時代昭和や平成の初めまでで、それは既に終わりを告げたと断言できます。これからは、品質が高く、機能やデザインに優れ、それを所有する者に喜びを与える様な製品を、手入れをしながら、出来れば世代を超えて永く使い続けるといった風潮が重視される時代に入ったと考えるべきでしょう。モノづくりはベテランが担うにしても、デザインに関してはアニメやフィギュア等に慣れ親しんだ若い世代が活躍する筈です。人類が存続する限り、最低限の食糧やモノを生産する事は無くなりません。問題は、十分に長いレンジで展望して、何を作るか、作り続けるのかをじっくりと考えてみる必要があると思うのです。もし、それを怠れば、この国の産業も土台からの瓦解が避けられないでしょう。

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