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2020年3月 4日 (水)

3719 経済的正義?

Eテレでの哲学者の話を面白く聞きました。昨晩は、自由が作った善と悪が話題でしたが、その中で経済的な善と悪の話が頭に引っ掛かりました。つまり、経済が発展し皆が(あるいは上手く立ち回った人たちが)物質的に豊かになることは果たして善で、その様に世の中を動かすのが正義であるかどうか、という論点に引っ掛かりを感じた訳です。戦後、この国では所得倍増計画、日本列島改造論=新幹線+高速道路網で国土をカバーする事、最近で言えば外国人観光客激増計画などなどで、経済活動を高め、GDPさえ拡大すれば、そのおこぼれで国民皆が幸福になれるという論調が支配してきた訳です。その一つの象徴が、(今回ウィルス達に狙われた?)経済的成功者のための豪華客船クルーズだったという皮肉な見方もできるでしょう。
しかし、人はカネとモノだけあれば幸福になれるという論理には明らかに欠陥があるでしょう。それは、人々のココロが置き去りにされてしまっているからに他なりません。口を開けば「経済の活性化」しか口にしない政治家(屋)にこれ以上マツリゴトを任しておくわけにはいかないでしょう。このブログは批判を目的にはしていませんが、最近は愚痴っぽい投稿も増えてしまっている様な気もします。それも仕方がないかも知れません。世の中の活動の殆どをおカネ(経済論理)で判断されてしまう様な時代にあっては、人々のココロに寄り添うような活動は、儲からないという理由で経済的な正義からは外されてしまう様なのです。今の経済社会では、そのような活動は、人々の善意によるもの、、つまりはボランタリーな活動であると定義されてしまうからです。
人々のココロが置き去りにされた(経済)社会では、おカネにまつわる軋轢で人々は常にギスギスし、時にはその分配を巡って争い、そこで敗者となって社会からはじき出された結果閉じこもり、やがてココロを病んでしまう人を多く出してしまうことにもつながるのです。(野放しの自由主義)経済の規模が、人間のコントロールが及ぶ範囲を超えて巨大化した結果、今や誰にもそれを制御する事が叶わない状況になってしまった様なのです。「パンドラの箱」という表現がありますが、投稿者の目には現代の経済活動では、あらゆる種類の害悪(evil)が踊り狂っているようにしか見えないのです。20世紀後半の出来事を目撃してきた身としては、やはり化石燃料やウランや金属資源といった地下資源こそがパンドラの箱そのものであり、それを利用するための大規模な解放が、結果として温暖化の加速や鉱害や公害といった害悪の乱舞を許してきたのだ、と結論するしかなさそうなのです。パンドラの箱の蓋を開け続け、中からの害悪を出し続ける活動を、私たちは「経済活動」と呼んでいるのです。そしてそれを活発にすることだけが現代社会の正義の様なのです。残念ながら。

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