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2020年3月11日 (水)

3721  震災の日に想う

震災時は、震源から遠く離れた岐阜県に在住していました。すでに自営業(フリーランス)になっていましたので、その日は家に居ました。ボーっと寝っ転がっていたら、なにやらゆっくりした大きな横揺れが、長く続いたと思います。いわゆる長周期振動でしょう。関西でも、超高層ビルでは数メートルの振幅の振動が観測された様ですから、実感では数十センチほどの振幅はあった様に感じました。その後の、地震による直接被害やすぐに襲ってきた津波のすさまじい被害のテレビ映像は、まるでパニック映画を見ている様な錯覚に襲われたほどです。
加えて、その後に発生した原発事故メルトダウン事故と結果として起こった水素爆発のすさまじさは、まるでゴジラ映画の破壊活動を見ている様にさえ感じたものでした。遠く離れていたため、当事者意識は薄いままで日々のニュース映像を見ましたが、中でも原発事故の悲惨さと重大さは、多分数世代を跨いでしか収拾できないほど甚大だと思ったものでした。英雄的な人々の身を挺しての活動で、当面の最悪な状況(つまりは格納容器のメルトスルーですが)は回避されたとはいえ、その後の汚染土壌の除去と汚染水との戦いは、9年経った今も終わりが見えないほどひどいものです。
その意味で、津波に対する備えである護岸であり、地盤のかさ上げ工事は完了したものの、避難によりバラバラになったコミュニティの復活(Re‐union)はまだまだ先の話でしょうし、ましてやかつての賑わいは、もしかすると二度と戻らないのかも知れません。それにつけても、溶け落ちた燃料棒の屑(デブリ)の取り出しは、やっと小さな塊を取り出す試験が完了したところであり、本格的な取り出し作業はやっと来年から始まるといったまるで亀の歩み様なペースです。それは、全ての作業をロボットの遠隔操作だけで行う必要があるためで、人間がまだまだ核物質や放射能をコントロールしてはいないという証左でしょう。いずれにしても、大震災の日とその結果として誘発された原発事故を想うにつけ、この国は改めて原発への離別を誓うべきだと改めて思いました。今朝のニュース解説で、再エネによる発電量が、石炭火力に次いで2位になったと言っていたのは、少しは明るい話題だとは思いました。

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