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2020年4月 3日 (金)

3735 サービス業2

かつて(投稿者の子ども時代)、人々は自分でできる事は全て自分でこなしていました。モノやお金が余り出回っていなかったあの時代、サービス業などと言っても思い浮かぶのは、床屋さんくらいのものだったのです。自宅から小学校に通う2㎞ほどの町の中心部の道すがらでも、覚えているのは数件の飲食業(そば屋と町で唯一の喫茶店)、洋品店、町に2軒しかなかった本屋の内の1軒、お菓子屋、自転車店などがパラパラと目に付く程度、そういえば少し横丁に反れると町で唯一の古い映画館がありました。あとは、トタン屋根屋さんが、何でも直してくれる鋳掛屋も兼業していたり、八百屋や魚屋やメガネを扱う時計屋や2軒あった小さなパチンコ屋が目に付く程度だったのです。
子供の頃習った社会科の記憶では、サービス業(いわゆる第三次産業)は、就労人口の1/3程度だった様な気がしますが、それが今の時代(2015年の統計)ではなんと7割以上にもなってしまった様なのです。割合として劇的に減少したのは、当然の事ながら第一次(主として農林水産業)、第二次産業(主として製造業)です。体力的にきついこれらの産業に比べれば、いわゆるサービス業は、手も汚れず体力的にも比較的楽な「商売」だと言えるでしょう。加えて、製造業などに比べれば、いわゆる原材料の仕入れも限定的でしょう。サービス業とは、いわばお金を貰って顧客の手足として、痒いところに手が届く様な「サービス(もてなし)」を提供する産業だと言えそうです。
しかし、非常時や災害発生後やそれに続く経済停滞時には、サービスを提供する側も被害者になってしまうのですから、それ(サービス)どころではなくなる訳です。コロナショックなどは、サービスを提供する従事者自身が感染のリスクに晒されますし、感染クラスターの起点にもなってしまうので、サービスの提供を「自粛」するしかないでしょう。つまり、サービス業は非常時には自粛できる、自粛させられる「脆い産業」であるとも言えるのです。
サービスを受ける側である私たちにできる自衛策としては、できる限りサービス業に依存しない生活を心掛ける事でしょうか。つまりは、取りあえず自分出来そうな事は自分でやってみるという事に尽きるでしょう。サービス業の従事者だって、かつては見様見真似の素人から出発した筈です。素人細工も数を重ねれば、徐々に商売人の様な出来栄えのセルフサービス(DIY)も可能となるでしょう。必要なモノは少しの道具とかなりの「根気」だけです。ぜひ、このコロナショックの機会に「セルフサービス業」を起業しましょう。やがては、それで他の人からお金がいただけるレベルまで技量アップができるかも知れません。

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