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2020年4月21日 (火)

3747  祭りの後論

3746での「お祭り騒ぎ」に関連して、このブログを始めたごく初期(2006年夏)も同様の事を書いていた様なのですが、再度同じタイトルで考察しておきます。
さて、世の中には多くのお祭りがあります。素朴な村祭りから、全国から観光客を集める豪華絢爛たる祭りまで、その幅は広いのですが、共通しているのは、祭りはたった1日か長くても数日で終わるという点です。祭りが開催される地域では、どの家でも年に一度の祭りを祝い、晴れ着を着たり、酒やご馳走を準備して贅沢をしたりする訳です。
しかし、祭りが終われば地域や各家庭は日常に戻り、静かな日常生活に戻るのです。その状況をこの国では、祭りの日を「ハレの日」、その日以外の普通の日を「ケの日」呼んできました。とはいながら、現代の生活を眺めると、毎日がまるでハレの日の様だとも言えるかも知れません。つまり、投稿者の子供時代はたとえ中華そば1杯でも、いわゆる外食の機会など年に何度もなかったものです。さらに言えば、凡そケーキなどと名がつく食べ物には、年に1-2回くらいしかお目に掛からなかったのです。例えば誕生日かクリスマスなどです。それが、今の時代には週1回か、下手をすれば日常的に外食を楽しみ、ケーキを頬張っているではありませんか。つまり食生活だけを見ても、かつての暮らしと比べると、今は毎日がハレの日になった様な状況だとも言えるでしょう。
その結果何が起こったかと言えば、栄養過多による生活習慣病が年配者は勿論、年少者や若い世代にも蔓延してきたのです。今一度、私たちは毎日がお祭り様な「異常な時代」に生きているとの認識が必要だと思うのです。祭りの時期には、皆が興奮に浮かれアドレナリンを出し続けて、つい正常な状態を忘れがちになるものです。インバウンドバブルも五輪バブルも豪華クルーズも間違いなく「お祭り」なのです。私たちは、その祭りの後の「あるべき日常生活」に思い至らなくてならないでしょう。足るを知り、贅沢を戒めつつ、一方でココロ安らかな日常生活を取り戻さなければならないのです。亡くなってしまった人や職を失ってしまった方々には申し訳ない言い方かも知れませんが、もしかするとコロナショックは、その祭りの興奮を鎮めるために、天が注いだ冷や水なのかも知れません。お祭りを年がら年中続ける訳にはいきませんし、資源も地球環境もそれを許さないでしょう。今こそ、祭り(異常興奮)の後の日常(正常)を取り戻すことを真剣に考えるべき時期だと思うのです。

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