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2020年5月 9日 (土)

3756  ゴールの無い駅伝

考えてみれば当然すぎる事ですが、私たちの体は両親からの贈り物です。その両親も、その親たちから体を授かりました。つまりは、地球上に1個の生命体が誕生してから連綿とつながる命のリレーの駅伝ランナーの一人として、今タスキを掛けながら走って(歩いて)いる訳です。勿論、ヒト等に比べれば、もっと長いリレーを行っている生き物(例えば植物や原始的な生物)も数多い事でしょう。そう思えば、今自分がここに生きて(生かされて)いることが何か奇跡的な事のようにも思えてきます。
勿論、何らかの理由(結婚しないとか、子供が出来ないなどの理由)で自分の代、または子供の代でこの命のリレーが途切れてしまう場合もあるでしょう。むしろ、現代社会では、特に強い理由も無しに、独身を通す人たちの割合が増えている様です。結婚し、子孫を残すことだけが人生の目的ではありませんが、取り分け経済的な理由で未婚者が多いのであれば、それは社会的な不幸と言うしかないでしょう。社会とは、人々が寄り添って生きることによって、より生き易くなるための仕組みであった筈なのですが、それが今は逆に多くの制約の原因になっているのは、もはや人類の不幸と言うしかないでしょう。
かといって、Aフリカ諸国の様に、計画性の無い多産社会となってしまっては、食う事に追われてしまい個々人の福祉などは犠牲にならざるを得ないでしょうし、社会をデザインするのもなかなかに難しい作業ではあります。勿論、上記の意味においては人類は当然として、生き物全ては皆兄弟と呼んでも構わないでしょうから、ある家の(あるいはある民族の)血筋が途絶えてしまったとしても、生物の長い歴史の中では、取るに足らない話なのかも知れませんが・・・。ともあれ、最近駅伝ランナーの一人としての自分を意識する様になったのは、もしかすると歳を重ねた所為なのでしょうか。

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