« 3751 カタストロフィー | トップページ | 3753 新しい生活様式 »

2020年5月 2日 (土)

3752  自粛慣れ社会

コロナ自粛期間がさらに1か月間延長されそうです。世の中は、いわゆる自粛疲れが蔓延している様ですので、多分多くの人々がウンザリしている事でしょう。しかし、ものは考えようです。つまり、コロナ自粛とは、生きていくための最低限の活動を要求している訳で、それ以外の「余計な」活動は、コロナ感染のリスクを高めるという理由で、私たちがそれを自発的に制限することを要請しているのです。
さて、何が必要最低限で、何が余計な事であるかは、実は各人の価値観によってかなりの開きがあるとは想像しています。つまり、毎日の様にグルメな外食を楽しみ、連休毎に出歩き、長い休みには海外旅行を楽しんでいた向きには、今の自粛は多分息が詰まり、耐えられない「自粛疲れ」の状態に陥っているのは間違いないでしょう。
しかし、極端な例ですが家業として、牛や豚などの家畜を飼っていて、あるいは農家が栽培や収穫に手の掛かる作物を育てている人たちしてみれば、今「自粛」と呼ばれている活動レベルなどまさに造作もない話でしょう。彼らにしてみれば、年に1,2度の泊りがけの旅行や娘、息子家族の里帰りさえあるなら、毎日の朝から夕方までの単調な作業には十分耐えられるのでしょう。また、家畜の飼育には、家畜の出産や成長など、農作物には収穫・出荷という楽しみやイベントもあるでしょうから、必ずしも「単調な作業」でもないのかも知れません。
つまり、サービス業従事者やサラリーマンの様に、ほぼ決まり切った労働の代価として給料を得ている人たちは、給料の代償としてかなりのストレスを感じている可能性があり、その補償(Conpensation)として、何等かの或いは複数の「息抜き」を求めている可能性がありそうなのです。これは、投稿者の経験でもあるのですが・・・。その息抜きを、コロナ自粛で制限されることが、すなわち自粛疲れに繋がっていると想像しています。それらの息抜きには、バチンコ、競馬、コンサート鑑賞などのレジャーやイベントの「消費」も含まれるでしょうし、飲み会などの人同士の交流も含まれるでしょう。それらの「息抜き」のほぼ全てに自粛を求められる訳ですから息が詰まり疲れるのでしょう。
環境人間である投稿者が、密かにコロナ自粛後に期待しているのは、人々の「余計な活動」による消費レベルが下がり、より穏やかな日常生活に落ち着く事なのです。つまり、それはいわゆる消費社会のレベルを下げる事に繋がり、結果として資源の節約や環境負荷を下げる事にもなると期待しているのです。その状態を自粛慣れと呼ぶなら、ぜひ世界中の(特に先進国)には、「自粛慣れ社会」にソフトランディングすることを期待しますし、途上国には徒に先進国を模倣するのでなく、自国の伝統的な暮らしでの必要最小限のレベルを再確認して貰いたいのです。

|

« 3751 カタストロフィー | トップページ | 3753 新しい生活様式 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 3751 カタストロフィー | トップページ | 3753 新しい生活様式 »