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2020年6月 9日 (火)

3772  コロナと環境2

コロナ後の社会をKW的に表現するなら、それは「疎ら(まばら)」でしょうか。これまでの社会のトレンドは、巨大化、集中化、効率化などの言葉で表されるでしょう。それは、都市、生産システム、流通、ネット化など全てに共通しています。そのトレンドの始まりは、戦後の高度成長期の始まりと一致しています。先の大戦以降は、大国同士の冷戦や局地での紛争を除けば、世界規模の戦争は起こらなかった比較的平和な世界だったと言えそうです。勿論、地域を限れば、大規模ハリケーンや大地震や津波被害などで社会システムが壊滅的な被害を受けたこともありましたし、9.11事件の様にテロが世界を震い上がらせたこともありました。
しかし、コロナ禍は上記の様な災害や事件とは決定的に異なる点があります。それは、人と人との密な接触によって被害が広がる種類の害悪であるという特徴でしょう。ヒトは多くのサル同様群れて暮らすことが好きな生き物ではありますが、それを「ダメだ」と否定されることは結構辛い指令だと思うのです。人々が日常的にハグする慣習のある国々でコロナ感染が爆発し、会釈文化のこの国で、感染がそれなりに抑制されている事は、単なる偶然ではない様な気がします。
つまり、コロナ感染抑制のKWの一つは、間違いなく物理的距離であると言えるでしょう。であるならば、私たちは新新型コロナ(ウィルス)への構えとしても、20世紀型の社会システムへのトレンドを、かなり「巻き戻す」必要があると思うのです。外見的に見るならば、それは「密」から「疎」への転換でしょう。度を越した大都市への人口集中を、ぜひ地方分散の流れに変える必要があります。大量生産・大量輸送・大量消費・大量廃棄の流れを、必要量を分散して生産・輸送・消費する、いわゆる地産地消型の社会システムに変えて行くのです。
結果としてみれば、それは環境負荷を大きく下げる行動とも重なるでしょう。それこそを、まさに「新しい行動様式」として定着させなければならないのですが、残念なことにマツリゴトに関わる輩には、その様な長期ビジョンは微塵も感じられず、取りあえずは景気回復、これまでの経済活動路線への復帰しか頭に無い様です。コロナ禍を機会に、社会システムが変わらなければ、中途半端な景気回復のための莫大な借金のみが後世に残されるだけに終わるでしょう。

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