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2020年6月15日 (月)

3775  お金とは

この表題では何度か書いてきた様な気がしますが、確認も含めて再度取り上げます。貝や加工された石が貨幣の代わりに使われていた時代から、人々はモノの価値を示すシンボルが必要だった様です。鋳造貨幣が作られる時代には、想像するに広い地域間での船やラクダを使った交易も盛んになってきたことでしょう。しかし、あくまでも貨幣はモノの価値を表すシンボルではあって、モノの価値以上の値を示す事は無かった筈です。つまり、モノとの価値交換手段としての貨幣であり続ける限りにおいては、と言う意味です。
しかし、ある時期以降紙幣が印刷されるに至って、その原則に変化が生じて来たのでした。インフレになれば、政府はせっせと紙幣を印刷を繰り返し、見かけ上のモノの値段は右肩上がりになるでしょう。一方で、経済活動が盛んになるにつれて、株や債券も発行される様になり、実態経済以上の紙幣を含む「有価証券」が大量発行される様にもなったのでした。さらには、まだ掘り出されていない地下資源や農産物などに対しても、先物取引で値を付けて、その権利まで売り買いする始末です。
モノの不足していた時代、援助と言えば食料などのモノ(現物支給)が主体でした。しかし、今の時代、コロナ禍で困窮している人にも、そうでない人にも「お金」が支給されます。今や、お金が万能の「お金の時代」になったと言うしかありません。爪に火を灯す苦労をして蓄えた結果財を成した人も居るのでしょうが、宝くじで或いは時代の波に乗って、ラッキーをつかみ成金的に財を築いた人の方が多いのでしょう。
たとえそうではあっても、ここではやはり私たちはモノや実体(現物)に拘るべきだと主張したいのです。いくらお金があっても、もし誰もモノを売ってくれなくなれば、それはただの印刷された紙片の束に過ぎないでしょうし、当然の事ながらお金で腹は膨れません。お金を墓に持ち込んでも仕方がないでしょう。少しばかりの財(お金)が手元のあるなら、やはりそれを世のため人のために使って、満足感に浸りながら人生を閉じたいと思う様になった今日この頃です。残念ながら、強くそう思うほどの財は今のところ手元にありませんが・・・。

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