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2020年7月16日 (木)

3789 コロナ下の価値観3

コロナ下で感じた価値観の変化をもう一つ挙げておきます。それは、コロナと言う人類共通の「敵」の出現によって、それまでの人間同士のいさかいが、やや影を潜めた感が出て来たという変化です。ある国で、コロナ感染が急激に広がり、亡くなる人の数も日々積み上がると言うニュースに接しても、多くの人々は自分たちの状況に引き寄せて考え、何らかの共感を持った筈なのです。つまり、人間対人間との対立に、第3の軸である感染症が加わった、3項関係が出来てしまったという事でしょう。3項それぞれの対立より、人類対コロナと言う対立軸が強いために、人間の間の対立が見かけ上弱まったというのがより現実に近いのかも知れません。
これは千載一遇のチャンスでもあるでしょう。いさかいを繰り返してきた集団同士が一時休戦をして、最終的には仲直りできるチャンスでもあるという事です。しかし、大きな海を隔てた隣人であるB国のリーダーは、コロナ禍さえも対立軸に祭り上げ、もう一つの大国との関係に火種を提供している様です。実情は、B国はそれを利用しようとしたコロナに逆に支配されて、苦しんでいる様に見えます。
やがて、有効なワクチンが開発されて、来年の今頃は新型コロナも、普通の流感の様な扱いになるのかも知れませんが、その時には人類は喉元の熱さを忘れ、また利害が対立する民族間でのいさかいを繰り返す、きな臭い世界に逆戻りするのでしょうか。どう考えても、人類というものは「経験に学ばない」しょうがない存在の様なのです。そうでなければ、何度も人口が大幅に減るほどの感染症や戦争を経験しておきながら、何度も同じ失敗を繰り返す状況が説明できないのです。今更指摘するのも気が進みませんが、それもこれもマツリゴトに関わる人たち(政治屋)のポピュリズム、それもたった今の支持率を重視するあまり、将来ビジョンなどと言うものを無視しがちな風潮が根本原因だと言うしかありません。一方で、マツリゴトを眺めている一般大衆の政治に対する無関心の度合いも年々強まっている様にも感ずるのです。その意味でもコロナ禍は、水面下に隠れていた様々なものを露出させてくれたような気がしています。

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