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2020年8月20日 (木)

3813 コロナ後の社会2

このブログでも再々書いてはいますが、今後のあるべき社会を考える際には、先ずは「目的と手段」を明確に峻別して考えて行く必要があります。コロナ禍での議論として、感染の抑え込みか経済再生かなどという二元論がまかり通っていますが、そもそも経済活動は、社会を動かしていくための手段であり、決して目的などにはなり得ないと言う点を銘記しなければならないでしょう。勿論、感染の抑え込みは目下の最重要課題であり、目的ではあります。
では何が人間社会の目的として最適かと問われれば、それは人々の幸福とその持続である、と言っておきましょう。人間中心に考えJ.ベンサム風に言うなら、「最大多数の最大幸福の追求」とでもなるのでしょうが、今時は環境問題は避けて通れないので、それに「持続可能性の最大化」も加えなければならないでしょう。つまり私たちは、環境への負荷を最小化しつつ、人々の幸福(感)を最大化すると言う連立方程式を解かなければならないのです。
しかも、人々の幸福を「現世代の幸福」に限定する訳にはいきません。年金問題でも議論される様に、今の制度で現世代がある程度満足しているとしても、少子化が進んだ子や孫世代が負担に苦しむ様では、はなはだしい世代間の不公平が生じます。結局、人々の幸福を論ずる際とはまだ生まれていない後の世代の幸福まで抱合して考えなければならないのです。コロナ禍では、国は大盤振る舞いの補正予算を組んで対応しようとしてはいますが、その原資は国債であり、将来世代からの借金そのものだと言えます。一方で、現世代の高齢者は、将来不安から貯蓄に励み、銀行マネーや郵貯マネーを増やし続けてもいるのです。政府の借金は1,000兆円を超えていますが、日本人の貯蓄の総額は軽くそれを超えているのです。
国は景気浮揚に向けて徒に借金を重ねるのでなく、高齢者に将来に安心感を持たせて死蔵されている貯蓄を吐き出させて、生きたお金として社会の中で回し、役立たせるべきでしょう。高齢者の不安は、衣食住と病気で倒れた時の介護や医療費でしょうか。その解決には先ずは、国は明確な政策を立てて、人々の田舎回帰を誘導し、かつての様な大家族を奨励すべきでしょう。何より田舎には、多数の空き家があり、農地も遊んでいます。今は、人が住む予定の無い住宅をリフォームすれば、昔の様に三世代が同居しても十分暮らせる家を増やせるでしょう。子育ても、高齢者の介護も、大家族であれば助け合えるので、病院や介護施設に頼る機会も減らせるのです。現在は国の支出で大きな部分を占める医療や介護費を半分に出来れば、新規国債の発行も、消費税の更なる増税なども考えなくとも良い筈なのです。年寄りには、大家族の中で役割を持たせ、生き甲斐を感じさせながら、寝たきりにしない生活スタイルを普通のものとする事が、医療や介護費を減らす事こそ、財政の健全化のためにも最重要なのです。私たちは、今回のコロナ禍を、その方向に舵を切るための一つのきっかけとする事を必死に考えるべきでしょう。

 

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