« 3813 コロナ後の社会2 | トップページ | 3815 コロナ後の社会3 »

2020年8月21日 (金)

3814 技術者倫理

科学とはまさしく学問であり、真理の追求が建て前になっています。建て前と書いたのは、大学が独立法人化されて以降、学問や研究の「成果主義」が協調されるあまり、本音ではその研究がどの様に実用化(企業化)され、その結果いくら儲かったのかがその先の研究費の額にも影響を与える様な時代になってしまった様なのです。まるで、学問こそがこの国の経済力を高めるためにある、と言った偏った考え方を示す傾向そのものでしょう。
側聞ですが、ノーベル賞を貰ったN依氏は、「科学は中立だが、科学技術は経済性と言う明確な偏向性を持っている」と言った意味の発言をしている様です。上に述べた背景もあり、これに100%賛同は出来ませんが、確かに「技術」は、誰かの役に立って、結果いくら儲けてナンボの世界である事は間違いないでしょう。中身が素晴らしくても、それが経済的に成り立たない技術など、あっという間に社会から駆逐されてしまうからです。しかし、そもそもノーベル賞そのものがA.ノーベルがダイナマイトを実用化し、莫大な利益を手にした結果創設されたものであり、その化学賞受賞者が科学の中立性を殊更協調するのは、やや自己矛盾気味であると感じてしまいます。
ここで書きたかったのは、科学の中立性ではなく、技術(者)倫理の話です。技術には、大きく分けて「良い技術」と「悪い技術」があるからです。勿論、技術に関してその様な憲法や法律がある訳ではないので、誰かに害さえ与えなければ、多くの場合技術を実用する事に関しては障害は無いのですが、その善悪を何に照らすかと言えば、ややボンヤリしてはいますが、それは技術(者)倫理だと思うのです。投稿者なりの解釈では、ある技術が持続可能性が十分高く、それが(子孫を含む)大多数の人々の幸福につながるなら、技術(者)倫理の吟味にもパスする様な「良い技術」と言っても良さそうです。
実例で示すなら、核爆弾の技術はあってはならない巨悪でしょうし、原発も過去の過酷事故の結果に照らせば、かなり黒色に塗られるでしょう。では車はどうでしょうか。石油の採掘が持続可能性が低いこと、温暖化を加速するだろうと考えれば、かなり濃いグレーに塗らざるを得ません。バイオマスの利用技術は、自然が毎年産生できる範囲内の利用、と言う条件付きですが善であると太鼓判が押せます。同様に、太陽光の電力変換や、太陽光が形を変えた水力や風力の利用も、自然を改変しないと言う条件付きではOKとなるでしょう。結局、技術の善悪の判定には、かなりの程度持続可能な時間のファクターが重要となるのでしょう。つまり評価するスパンが10年では善となっても、それを100年に広げると悪となるグレーな技術が結構多いという問題なのです。

|

« 3813 コロナ後の社会2 | トップページ | 3815 コロナ後の社会3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 3813 コロナ後の社会2 | トップページ | 3815 コロナ後の社会3 »