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2020年9月10日 (木)

3831 コロナ後の社会

コロナ禍を、右肩上がり神話社会(自由主義経済社会)の一つの踊り場とみなし、一服しましょうよ、と呼びかける経済学者の言葉に賛同しました。振り返ってみれば、投稿者が直接目撃してきたこの国の戦後の歴史でも、いくつかの踊り場がありました。例えば、石油ショックや円高不況、バブル崩壊からリーマンショックを経ての長い停滞期などです。しかし、官僚やリーダーたちは、そのたびに我武者羅に「経済対策」をうって、景気を浮揚させることに躍起になったのでした。
さて、投稿者は、日頃から目的と手段の峻別には気を使って生きてきました。戦後の復興期まで遡れば、この国の政治家や経済人の「目的」は、モノや食べ物を潤沢に流通させ、先進国に追いつき、出来れば追い越したいといったものでした。実際、所得倍増計画を打ち上げたリーダーや、「列島改造」を掲げたリーダーなどにけん引され、確かにこの国は豊かになってきたのでした。しかし、資源の少ない国の悲しさで、潤沢にエネルギーや資源や食料を輸入するためには、さながら自転車をこぎ続ける様に、モノを作りそれを輸出し続けなけれなならない宿命を背負っているのです。そうでなければ、スピードの落ちた自転車の様に不安定になって、最悪の場合は倒れてしまうでしょう。
製造業や流通業などには、それでも「イナーシャ(慣性)」がありますが、例えば観光業の様な典型的な「自転車型産業」は、真っ先にコロナ禍の割を食って、バタバタと倒れつつある様です。つまり、スーパーで食料を買って飯を食わないと死んでしまうが、外食や旅行に出かけなくても死にはしない、と言う事なのです。
そこで考えなければならないのは、減速しても倒れない産業や社会構造でしょう。輸出やインバウンド需要だけに頼る産業は、今回のの様な踊り場になると出口が見えなくなりますが、しっかりした国内需要や根強い海外需要などに対応する産業は、骨太で安定するでしょう。要は、2輪ではなく、産業や社会構造を3輪や4輪デザインし直す必要があると言う事なのです。それにつけても、去年と今年に全く経済的な成長が無くて、何が悪いのでしょう。今より悪くならないのは実は良い事だとは考えられないのでしょうか。続きます。

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