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2020年9月24日 (木)

3838 正しい目的2

人生のある時期から、目的と手段をできる限り明確にする様に意識してきました。とは言いながら、それが完全にできているかどうかについては、実は甚だ自信は無いのですが。3837に正しい目的は、正しい手段を選び取らせるとは書いたのですが、勿論ある目的を達するための手段は一つではなく複数存在するのも事実です。そうではあっても、やはり正しい目的を設定すれば、手段としても自ずとより正しいものに近づくとも思っています。
例を考えてみます。ここに人間として、より幸福になりたいと言う目的をもって人生を送っている人が居たとします。そのための手段を考える中で、人より多く労働をして、人より少し多くの報酬を得て、人より少し多くのモノを得たとします。しかし、人間としての幸福を突き詰めて考えて行くと、自分自身だけが財産を得て幸福になったと錯覚しても、家族や知り合いが不幸と感じていたり、一方で社会に貧しい人達が存在し、不幸に感じていたことを知ってしまえば、その人の幸福感は急速に萎んでしまうでしょう。つまり、その人が自分だけ人より少しだけ豊かになったとしても、そこにある種の「後ろめたさ」を感ずるならば、幸福度もかなり割引されてしまうのです。
しかし、お金を儲けてモノを買う代わりに、自分の労働時間を少しだけ他の人のためになる事に使った場合はどうでしょう。例えばボランティア活動です。この場合は、たとえお金儲け仕事とボランティアでやった活動の内容が殆ど同じだったとしても、幸福度は後者の方が断然大きくなると思うのです。結局、幸福になる目的の対象を、個人ではなく「自分と関わる他の人たちも含む」と広く正しく定めれば、同じ労働でも報酬を受け取る、受け取らないの違いで、得られる幸福感に大きな差が出てしまうのです。ここでの「正しい目的」とは、結局個人の幸福希求ではではなく、より多くの人々、これに加えて持続可能な環境への希求の様に、より広く正しい意味での幸福追求といったものになるべきだ、と思っている今日この頃です。

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