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2020年9月 8日 (火)

3829 環境倫理

この表題では、過去に何度か書いた気がしますが、似た様な中身になっても何度も書いておきたいとも思っています。そもそも、倫理(学)と言う言葉ですが、ある哲学者によると、「倫」と言う文字は、人と人との関係を表わすのだとか。その理(決まり事)を倫理と呼ぶのですから、つまりは人として行動すべき規範を論ずる学問と言えるのです。
その倫理に、環境を冠すると、つまりは環境と人間の間の理の話になるのです。環境と人間の間の理(原則)ですから、当然の事ながら今人間が行っている様な、環境からの一方的収奪など論外であることは当然です。最低でも、環境を思いやる気持ちを以っての譲り合いが必要でしょう。しかい、具体的にどの様に譲り合うかと言う各論になると、なかなかスッキリした方策は述べにくい様です。例えば、地球からの資源の収奪と言う1点でも、誰がどの資源をどの程度節約するか、と言う議論になると、多分多くの国々は「既得権」を主張して譲ろうとしない筈です。
同様に、使用済みの資源(廃棄物)を環境に放出する、いわゆる「環境負荷」に関しても、先進国の既得権と、途上国の将来の排出権のせめぎあいが生ずるでしょう。取り分け、直接的には目には見えず、人間の五感でも感ずることができない、CO2の排出に関しては、それを抑制しようとする機運は、北欧の少女に叱られても、殆ど盛り上がらない状況です。
ここでの結論としては、時間は掛かりますが、先ずは幼少期から、子供に対しての「環境(倫理)」教育を施す事こそ最重要であると言っておきましょう。幼児だって、人間が環境を如何にイジメているかについては、十分理解してくれる筈なのです。続きます。

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