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2020年10月15日 (木)

3843 AI考

30代に読書人間になって以降、Y老孟司から多大な影響を受けてきました。解剖学と言う切り口から入りながら、脳や体や生物や社会の仕組みをスパッと分析して見せる知性には、最初から脱帽しっ放しでした。その氏が、何人かの知性とAIに関して対談している文庫本はなかなかに刺激的でした。とは言いながら、対談の内容をフムフムと鵜呑みにするのもどうかと思い、自分なりのAIに対しての考え方を書いてみたいと思います。
さて、AIを語る上で欠かせないのは、いわゆるビッグデータでしょう。顔認証AIの場合は、人種。性別などを跨いで、しかも色々な表情変化を集めた膨大な顔データを機械に覚えさせ、機械の中で同一人である事を判定するための「パターン化」を学習させるのだと想像しています。しかし、それは人間の顔認識プロセスとは大きく異なる筈なのです。人間の場合は、人の顔をチラッと眺めただけで、その顔にある特徴的な点を瞬時に把握し、その特徴だけをピンポイントで脳に焼き付けるのでしょう。ですから、目つきにだけフォーカスしてしまうと、鼻や口や頭髪などの周辺情報は飛んでしまう事でしょう。
しかし、機械はそうではありません。顔の特徴を、輪郭から顔の部品まで網羅的に認識するからです。しかしながら、AIの最大の特徴は、顔認識でもそうですが、特定のプロセスが必ずしも、明確ではない点だと思っています。つまり、AI顔認識では先ずは、ある人物と監視カメラの人物とは、95%の確率で同一だとの結論を出す訳です。しかし、それは何故かと問われても、機械がそう言っているとしか答えようがありません。学習を深めれば、確率は向上するのかも知れませんが、どこまで行っても機械の認識と真実との間には、僅かであっても誤差が生ずるのは不可避でしょう。それを、敷衍すると機械が作った「疑似真実」と「本物の真実」との間の乖離は、影響に埋める事は出来ないと結論するしかないのです。
例えば、自動運転車が認識している車の外の状況は、あくまでいくつかのカメラが認識し、コンピュータの中で合成した状況であり、少なくとも人間が認識した状況とは差があるのが当然でしょう。従って、その差(いわゆる機械の誤認識)が原因となる事故が発生するのはむしろ必然でしょう。人間が運転している場合は、もし運転者の過失が原因であれば、事故の検証の結果によって罪の重さが決まりそれなりに明確ですが、自動運転車の場合一体誰が、どの程度の罪を負うべきかが問題になり続けるでしょう。
結局何処まで行っても、人間が直感で処理している、0と1の間の値は、コンピュータには絶対補完できない芸当だと言う当たり前の結論に至りるのです。つまり、機械に虹の7色の間にある無限のグラデーションや自然の中にある無限の環境のグラデーションなどを理解させることは、永遠に無理で、それがAIの限界だと言うしかなさそうです。そんな限界のあるシステムに、私たちの命を100%任せる事など出来ない相談なのです。全く運転ができない人に100%の自動運転車を運転させることなど絶対させてはならないでしょう。続きます。

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