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2020年12月17日 (木)

3864 仕事と遊び

お金のためや誰か他人に命ぜられて仕方なくするのが「仕事」、そうではなくて、楽しい事や逆に辛くても自分だけのために進んで何かするのが「遊び」だと、マーク・トウェインが、トム・ソーヤに言わせています。確かに、多くの仕事は気が重いもので、出来れば早めに切り上げたいと感ずるもので、それから解放されれば、ホッとするものなのでしょう。仕事とは、その意味ではストレッサーでもあり、多くの人は仕事に関しての悩み事を抱えている場合の多いと想像しています。
それに対して、遊びに関しては、時間が無いとか、小遣いが足りなくなると言った悩みこそ聞くことはありますが、遊びや趣味そのものでストレスを感じたり、ましてや精神的に追い込まれるなどの心配は無用でしょう。もし万が一そんなことが起こるのであれば、それを諦めて別の趣味を始めれば良いだけだからです。
一方で、仕事であればそんな簡単に放棄する訳にも行かないでしょう。自営業やフリーランスならいざ知らず、サラリーマンである限り、雇用契約と言う文書に書かれた義務に縛られ、殆どは勤務する時間帯にも縛りがある事でしょう。とは言いながら、今度のコロナ騒ぎで、後者については少し様子が変わっては来ましたが・・・。
さて、投稿者に関して言えば54歳まではいわゆるサラリーマンでしたが、その縛りの中でも30代の中盤以降は、その仕事の中に楽しみ(遊び)を発見しようと努めてはきたものでした。55歳の誕生日を以って、サラリーマンを辞して完全な自営業として独立しましたが、以降は自分で自分を縛る「仕事」とその中で環境に関しての学びを追求する「遊び」を両立させてきたと振り返っています。
そうなのです、親や他人に言われ押し付けられる学びは「勉強」と言う仕事であり、多くの人にとっては苦痛でもあるのでしょう。しかし、自ら進んで知識を増やしたいとの「内なる欲求」から行うのは「学習」と呼ぶべきであって、実は楽しみでもある筈なのです。ましてや、その学習の結果得たものが、自分や他人の役に立ったことが確認された場合には、人は大いなる達成感を得ることもできるのです。
理想を言えば、投稿者の様に仕事≒趣味(学びと言う遊び)であると認識して日々を過ごす事ですが、たとえ一介のサラリーマンではあっても、一度仕事を通じて得られた知識や学び、あるいは気付きを体系的にまとめてみれば、昨日とは少し違う人間に成長できる筈なのです。それに近づけば、仕事≒遊びの理想に、少しは近づく事につながると思うのです。

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