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2021年1月23日 (土)

3879 工学と環境学

全ての学問は、最終的には何か(あるいは誰か)のためになる事を目的としている筈です。勿論、学者のための学問や、学問のための学問の様なものもあるのでしょうが、ここではそれは除外しておきます。さて、ここでは投稿者も長らく関わって来た「工学」と、それを卒業してから学んだ「環境学」を取り上げ、比較してみようと思います。
工学は、基本的には社会に役立つ技術を極める学問だと定義できるでしょう。但し、ここで注意が必要なのは、その社会とは「人間社会」に限定されており、決して動植物社会?や自然環境のためではないと言う点です。従って、ある時期まではいわゆる公害や自然環境破壊につながる技術も許容され、経済や社会の効率化のみが追及されてきたのでした。儲かれば良い、早くて安くて快適でさえあれば良い、人間さえ豊かになれば良い、楽しければ良い、楽であれば良いと言った論理がまかり通っていた訳です。移動手段で言えば、歩きや馬(車)から、鉄道や車や飛行機を使った移動へと「工学的」には進歩を重ねてきたのでした。
しかし、環境学の立場は全く異なります。環境学とは、極端に言えば環境保全を唯一の目的とした学問であるとも言えます。従って、その環境が変わってしまう様な負荷(環境負荷)は基本的には「悪」と言う事になります。従って、温暖化と言う環境変化を引き起こすCO2の発生は、工学では是とされても、環境学では否となる訳です。同様に、オゾン層を破壊する様な物質の使用も、在来種の動植物の数や量を大きく変えてしまう様な、人工的な環境改変も同様に否であると断ずるしかありません。投稿者は、工学に100%依拠する技術屋として仕事をし、それで飯を食い続ける事に疑問を感じ(環境に対して恥じて)、遅まきながら50歳を過ぎてから環境学を学び環境屋になる事を決意して今に至るのです。

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