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2021年3月12日 (金)

3910 災後に思う

あの東日本大震災以降、津波に襲われた被災地の悲惨な状況を指して、「戦後」に対応する言葉として「(震)災後」という言葉が充てられたのだとか。しかし、この国において災後などという言葉は意味がなく、常に「災前」であると考えなければならないとは思います。
最近でも、大地震発生のメカニズムとして、これまでのシンプルなプレート移動+大陸棚跳ね返り説に加えて、プレートの岩盤中の生物の存在が岩石の脆弱化に関連しているとか、これまでの大地震の発生想定サイクルよりかなり短い「スーパーサイクル」が存在するだという新説が提出され、その証拠も見つかり始めています。もしそれらが正しいとすれば、この国の次の大震災発生の頻度は高く、リスクもこれまで考えられていたより、かなり高くなると身構えなければならないでしょう。身構えると言っても、地震を防ぐ「防波堤」などは作れませんから、ひたすら発生後の混乱を小さく抑える事くらいしか出来ないでしょう。個人では、精々防災袋や非常食を準備することくらいでしょうし、インフラに責任がある行政側としてみれば、公共の建物や橋梁などの耐震工事以外に有効な対策がある訳でもなく、ひたすら地震発生まで待ちの姿勢しか考えられないでしょう。
震災で最も被害を受けるのは、言わずもがなですが、都市の人口密集地帯でしょう。人口密度、住宅密度、インフラ密度が極度に高いエリアなのです。人口増加=都市エリア拡大に伴って、防災という視点を軽視して無秩序に作られたインフラや建物・住宅など密集する大都会が、大震災の見舞われた時の被害は、関東大震災や阪神大震災を引き合いに出すまでもなく、その何倍にも上ると思われます。取り分け、木造家屋の密集地帯では、阪神大震災でも経験した様に、火災の多発が犠牲者を大幅に増加させるでしょう。
首都機能の分散の論議は、生まれては消えて今に至っているのですが、実際に首都が直下型の大地震に見舞われた時を想像しても、右往左往する数百万人の姿が浮かぶだけです。それは、鉄道が壊滅し、瓦礫で車も使えす、食糧もろくに手に入らない状況で、電気も水も絶たれ、トイレさえも使えない「難民が」仕方なく歩いて郊外に向かう姿です。
この国では、当事者は別にして、何時までも災後として10年前の過去を振り返っている暇などは無い筈なのです。来るべき次の大震災に備えて、一日も早く本格的な首都機能の分散と同時に、人口の地方分散政策に着手しなければならないのです。災後=災前なのですから。

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