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2021年3月 8日 (月)

3909 手放し運転車2

自動運転車の普及の如何は、結局機械に対する信頼性の問題に還元できるでしょう。車に運転手が必要なのは、車は自分で勝手に動く事はないように作られているからに過ぎません。軌道上だけとはいえ「ゆりかもめ」の様に自動運転を前提にした乗り物では、普通に自動運転は行われてもいます。とは言いながら、それとて中央監視室で誰かが監視を行っているので、運航の安全は担保されているわkです。しかも、運航は交差点や正面衝突の心配のない軌道上に制限されていますから、いわば1次元の制御というシンプルなシステムで、事故を回避している訳です。
一方で車は、道路網という2次元の広がりを持ったフィールドの中で、安全に運行しなければならないので、制御ファクターが非常に多くなってしまいます。坂道や道路の段差もあるでしょうから、事実上3次元の制御も必要となるので、最早機械自身が持つ自立型の自動運転制御では、安全を確保することは土台無理な話なのです。加えて、他の自動運転車や従来からの手動運転車が道路上に混在する訳ですから、安全な完全自動運転車の登場など全く考えられないのです。
そこで、車メーカーとしては、目新しさを狙いつつ機能を制限したレベルいくつといった、半自動運転車でお茶を濁す事になる訳です。これは、イザという場合の手動への切り替えを前提に、運転者が乗っているという車ですから、単に自動運転時に運転者が楽ができる程度のシロモノに過ぎません。更に考えるべきは、システムの信頼性でしょう。自動運転車のシステムには、必ず周囲を監視する「センサー部」と車のハンドルや車速を制御する「アクチュエータ部」と、情報を処理し判断する「コンピュータ部」が必要です。しかしながら、いずれの要素も、汚れや経年劣化や断線、接触不良と言った原因からの誤作動を回避する事は不可能であるというしかありません。つまり、技術屋がどんなに頑張っても信頼性100%のシステムを作る事など出来ないのです。だからこそ、機械のエラーを監視するために運転者が必要とされてる訳です。
勿論、信頼性が100%に届かなくとも、某大手車メーカーが実験的に作る街で、全ての車が登録され、監視され、コントロールされているケース閉システムの中では、自動運転車を走らせることは、「常時監視」という条件下で、可能ではあるでしょう。しかし、自動運転車がその街の外に出る事は叶わないのです。車メーカーが、こんなバカげた街を作る前に是非為すべきは、絶対に誤発進・暴走事故を起こさないオートマ車の開発でしょう。それは、起こしかけた暴走を止めるスマアシ車などではなく、そもそもアクセルとブレーキを踏み間違わない様に、人間工学を考慮した本質安全車を指します。その点、オートバイは手動アクセルと足踏みブレーキという手・足分離による制御と行っているという理由で、人間工学的な安全性は、車より数段優れていると言えるでしょう。

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