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2021年4月10日 (土)

3927 ある人生10

<中小企業時代>
サラリーマンを退職しても、いきなり自立してメシが食える様なワザは何も持って居なかったので、取りあえずは、K重工の下請けの仕事もしており、新事業への拡大も考えていた知り合いの中小企業の社長を口説いて、新たな部門である「新製品開発室」を設けて貰い、その室長として採用されたのでした。開発の中身は、新製品なのですが、心の中では「環境関連の新製品」に絞り込んでいたのでした。色々な可能性を探索する中で、生分解性油脂を使った切削液システム、バイオマス(特に木質ペレット)の製造機械(ペレタイザー)や燃焼機器(ストーブ)の開発に面白さを感じ、弟子を一人貰って育てながらそれらの開発に当たったのでした。3年ほど掛かって、いくつかのプロジェクトは、試作品として形になったのですが、仕上げと製品化は任せて、その中小企業も卒業して、完全なフリーランスとなる事にしました。というのも、元々出来るだけ早めに自立のワザを身に着けて、完全なフリーランスになりたかったことと、この企業に在籍した3年の間に社長が交替し、3代目の社長へ代替わりしたのですが、この3代目が「生まれながらの経営者」として育てられたためか、開発室に向かっては「お手並み拝見」的な態度を見せていたこともあり、自分が身を引くことによって1、2歩前のめりになって貰いたかったのが、再度の退職の最大の理由だったのでした。その決断が正しかった事は、後日弟子であった子から聞いたのでした。
この企業での3年間のサラリーは、元職の2/3ほどに下がったのですが、その間に種々の環境ビジネスの可能性をゼロから探索する自由を貰った事と、その後の自立のための自己研鑽の時間が出来た事が、何よりの収穫であったと振り返っています。社会人大学院生でもあった弟子には、課題を与えて論文を数本書かせ、海外での学会へも送り出して研究の発表もさせ、無事に博士号を取得させたのは、我ながら小さな手柄であったと振り返っています。彼は、後日若くしてその工場の工場長に抜擢されました。

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