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2021年4月 1日 (木)

3918 ある人生1

今年は、いよいよ投稿者も70歳の大台に乗るらしいので、ここらで自分の人生を少し振り返って見る事にしました。
<幼少期>
S26年の夏に生まれました。鳥海山が見える日本海側の田舎町でです。
祖母は几帳面すぎる人柄で、どうやら長男の最初の嫁をいびり出した様です。(と想像しています。)後妻となった母と頼りない父との間に、3歳離れた姉の下に長男として生まれました。家業はクリーニング業でしたが、パチンコと釣りと将棋が趣味の父親は、午前中だけ働くと昼からはどこかにドロンと消えてしまうのでした。父親が河口に釣りに行く時は、時々はついていきました。親父は、戦争に行って覚えて来たらしいタバコが好きで、両切りの缶ピースを旨そうに吸っていた姿が印象に残っています。
毎日向かいに住む同級生と、目の前の川に釣りに行くか、そうでなければ近所のガキ大将にくっついて回り、家の前の広い割に車が殆ど通らない道路や河原や堤防や裏山で、暗くなるまで遊び回っていました。小学校の高学年になった時、親は借金をして少し離れた場所に店舗兼住宅を建て、それまでの借家から引っ越しました。中学校は、裏山を通ると15分くらいで通えたのですが、冬季以外はゲタ履きで通していました。部活は卓球部でしたが、先輩のストイックな練習について行けず、数か月で帰宅部になりました。その中学は、テスト結果を廊下に貼り出す様な学校だったので、各人の成績順位は明白で、家では全く勉強をしなかった割には授業をしっかり聞いていたためか、300人ほどいた同学年の成績では、大抵は上位一桁には入っていました。めちゃめちゃ秀才肌の女子と男子が一人ずつ居て、成績で彼らより上になった記憶はありません。つまり成績は最高でも学年3位と言ったところでした。
中学3年の時、父親に(多分タバコとアイロン台に使われていた石綿が原因の)肺ガンが見つかり入院しました。はっきりとは聞かされませんでしたが、どうやら長くなさそうだと想像できました。母親から進路について相談を受けていたらしい担任からは、授業料が高校より安いし、お前の成績だったら奨学金も貰えるから高専に行けと勧められました。担任は、業者からただで貰えるテスト問題を、受験までこれでもやっておけ、と時々渡してくれました。そんなこんなで、地元新聞が行っていた模擬試験でも、全県でも一桁以内を取れる程度の学力はついていた様です。

 

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