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2021年4月14日 (水)

3930 ある人生13

<Uターン後(再脱皮)>
60歳を迎えて、そのまま住み慣れた岐阜で一生を終える事も想像しましたが、既にフリーランスでそれなりに生計を立てられており、年金も貰える年齢にもなったので、小規模で手の届く再生可能型エネルギーの可能性を見つけるために、(再エネのネタには事欠かない)生まれ故郷の秋田の町にUターンする事を決意しました。同じ町の生まれでもある家内からは特に反対も出なかったので、熟年離婚?も回避され、取りあえずは単身でUターンしたのでした。数年間の単身赴任中に、先ずは秋田での暮らしの足場を固め、竟の棲み家も探し始めたのでした。
Uターン後は、環境ビジネスの可能性を探索する中で、東北の高専の(環境を向いた)めぼしい先生方にコンタクトし、訪ねて行っては環境話を吹っかけて、雑談を繰り返しました。それらの先生から、今度は環境に向いた企業を紹介して貰い、それらの企業も片っ端から訪問してネットワークを作って行ったのでした。東北には、バイオマスや豊富な水力や風力さらには地熱など豊富な資源やエネルギー源があることも確認できました。
居間から鳥海山が見える土地も見つかり、あまり借金もしないで小さな家も建てる事ができたので、数年後に妻も呼び寄せたのでした。その家では、小型のペレットボイラを使った冬季の暖房や通年の給湯に使えるシステムを自分で設計し、機器を買い集め設置してデータも採り始めました。
また、ある環境関係の展示会で知り合ったベンチャー企業の社長に誘われて、家畜のし尿を使った小規模な「バイオガス発電」事業にも、エンジン屋として関わり始め、いくつかの初期トラブルを解決したのでした。Uターンした地元では、フローリング(床板)を製造している企業で、大量の木粉が出る事に勿体なさを感じ、それをペレット燃料に加工するプラントの新設を助言したのでした。幸い、県からの補助金も取れたため、このプラントが実現し、年間1000トン以上のペレットの供給が可能となったのでした。しかしながら、ペレット燃料は日本ではマイナー過ぎたので、その売り先を見つけるのにその企業にはそれなりに苦労もさせてしまいました。なにせ、我が家の例では1年間に消費するペレット量は、僅か1トン程度ですので、温泉施設などの大口消費家を探す事がどうしても必要だったのです。とは言いながら、自分にビジネスのセンスが無い事は、十分に自覚していますので、活動と言っても専ら企業の背中を押す事になっていまいます。

 

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