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2021年6月18日 (金)

3953 環境学とは

投稿者は、50歳過ぎに「環境」に目覚め、その後放送大学の大学院の門を叩き環境学を学びました。高専出身で20歳で社会に出ましたので、通常の学部生から見ると2年分は「キセル(古い言葉です)」をした様にも見えますが、社会人としての経験をカウントして貰い、ちゃんと試験も受けたので、インチキではありません。
さて環境学です。投稿者なりの結論としては、環境学=持続可能性学だという事になりました。極論を言うなら、今どんなに優れた技術だと評価されていても、100年後も持続的に使えるものでなければ、それは環境学に照らして悪い(=持続可能ではない)技術だと判定するしかないのです。投稿者が長く関わっていた分野に、造船業と航空機産業がありますが、前者はGOですが、環境学的には後者はNGだと言えるでしょう。つまり、船はもし石油が無くなっても、例えば太陽光による電力と帆走を併用した船を作れば、走らせることは可能ですが、一方で航空燃料を全てバイオ燃料にする事は量的に不可能ですので、旅客機は近い将来には大金持ちしか乗れない乗り物になる事でしょう。
この様に、100年間というフィルターを通して、今ある技術なり製品をチェックに掛ければ、残ったものが「多分」持続可能で、SDGsの17個のターゲットにも叶うものだけが残るのでしょう。さてm車はどうなるのでしょう、言えることは、100年後も自転車は間違いなく残るでしょうが、車はどの様な形で生きのびるのかは不明です。少なくとも、空飛ぶ車は実用化されないでしょうし、同じ程度に水素自動車が大々的に使われないであろうことは、ほぼ断言しても良いでしょう。何故なら、両方共持続可能性からの必然性が非常に「希薄」だからです。墜落してもあまり大事故にならないと思われる小型のドローンはまだしも、落ちたら乗員や地上で巻き添えを食った人達がただでは済まない空飛ぶ自動車や、せっかく苦労して発電した電力で水素を作り、爆発の危険を覚悟で乗り物に搭載して使うというロスと危険が混在する技術には、何の必然性も感じられません。それよりは、単なる電気自動車の方に軍配が上がるからです。
くり返しますが、環境学とは結局は持続可能性を吟味するリトマス試験紙の様な学問だと思うのです。勿論、その中には社会システムや技術のGO/NO GOを判定する「倫理学」の様な要素も含まれるべきでしょうし、人類や他の生物のあるべき行く末を議論する「未来学」の様な要素も必要でしょう。

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