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2021年7月30日 (金)

3971 お金から離れる

3970の続きです。現代社会では、殆ど全ての価値がお金(通貨)で測られています。それは、モノに限らず、目には見えないサービスやエネルギーやエンターテイメントに至るまでお金で評価され、決済されている訳です。その結果何が起こったかと言えば、価値=お金という風潮の蔓延でしょう。つまり、お金には結びつかない、たとえばボランティア活動や親切心や挨拶などは、無価値な行動と見做され、誰も関心を示さなくなったのでした。例外的に、大震災や水害などが起こった際にだけ、突然「絆」が叫ばれて、瞬間風速的にこれらの活動が活発になるだけです。
しかし、人々が何のためにお金にならない行動をすすんでやるのかを考えるなら、それは自明ですが自らの満足感(やりがい)を得るためなのでしょう。しかも、報酬を受け取らないことにより、「親切をカネで売った」という罪悪感も感じないで済むでしょう。今後の社会での価値や幸福感を考える場合、そのポイントは、現在の殆ど唯一の価値(観)である「お金」から出来るだけ距離を置くことにあると思うのです。距離は遠ければ遠い程良いでしょう。大分前の昔ですが、実家はクリーニング業を営んでいましたが、お客の中にはクリーニング代を、自前の作物(果物やお米など)で支払う(価値交換する)人たちが何人かいた様でした。どうせ、実家でもお金を出して買うものなので、サービスとモノを交換するのは一向に構わないのでした。勿論、税務署はお金としての所得を把握できないので、少しは困るのでしょうが、実家はどうせ貧乏で税金などはあまり払っていなかったでしょうから、世の中が困ることも無かったでしょう。
企業や黙っていても?お金が入るお金持ちは、お金を大事にしてしっかり税金を払ってくれれば良いでしょうが、特にあまりお金に縁がない人達は、むしろお金に距離を置く、物々交換やサービス(労働)とモノの交換の仕組みを拡大させて、お金が無くとも問題無く生活が続けられる社会を目指すべきだと思うのです。お金が動かなければ、税金を心配することも無くなるでしょうし、住民税や市民税、固定資産税なども「物納」の仕組みを作れば良いのです。どうせ、学校や自治体の運営する施設では、給食や施設の維持などで、食糧や労役の「現物」が必要でしょうから、税金の代わりに物納を少し増やしても、問題は生じないでしょう。勿論、物納の際の客観的物差しは明確にしてトラブルが起こらない様には配慮すべきではあります。

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