« 3983 お金再考 | トップページ | 3985 持続可能性とは »

2021年9月17日 (金)

3984 レッテンバッハ村のこと

レッテンバッハ村を少し詳しく紹介しましょう。一度直接訪問したいとは思いつつ、主に先立つものが無い事が理由でまだ実現していませんが、この村を知ったのは10年ほど前に村長が日本に来た際に講演を聞き、短時間話をしたことが始まりでした。彼の話や資料によると、南ドイツの白鳥城(ノイシュバインシュタイン城)に程近い人口2000人余りだったこの村は、かつて州政府の指導により隣接する村と強制合併させられたようでした。しかし、合併によるメリットを殆ど感じられなかった村人は、村長を中心に声を上げ立ち上がって、州政府に掛け合って合併解消を勝ち取ったのでした。
その上で、村を立て直し活性化するために、コミュニティとしての自給自足を図りながら、村の自立を進めたのでした。例えば、建築士の資格を持つ村長は、自分で図面を引きながら、村の公共施設の充実を進めたのでした。豊富な森林や林業や製材所は元々村にありましたので、村人が力を併せれば、村営のスーパーであれ、集会所であれ、保育園であれたいがいの施設を建てることは容易でした。村には、農機具の修理工場や以前に進出していた工具工場など、高度ではないまでも工業のベースもあったのでした。そこで、村長の指導の下、工場は大型農機具や林業機械の改造などまで行える様に力を蓄え、潰れかけいたパン屋にテコ入れし、村営スーパーも充実させて、殆どの食料品や日用品が村内で手に入る様にしたのでした。その際、村は立派な地域通貨(見た目は2ユーロ硬貨に似ている)も作って、村内の買い物なら全てそれで決済できる様にもしたのでした。
次に着手したのはエネルギーの自給です。村内の屋根という屋根には、村が(州政府から引き出した)補助金を出して、太陽光パネルを載せる政策を打ち出しました。生まれた電力は、公共施設や家々で使い、余った分は村内の充電設備に回し、EVの充電にも使える様にしました。春先には、多くの畑ではナタネの栽培を行い、絞ったナタネ油はトラクターやディーゼル車の燃料として、村営の燃料スタンドで販売も始めました。当然の事ながら、昔からある林業から出る製材屑も無駄にはしません。チップやペレットに加工して、村の自前のバイオマス燃料としてしっかりと活用する仕組みも整備したのです。
そうこうしている内に、これらの優れた取組みを見学するために、国内外からの視察団や観光客が増えてきたため、村は立派な村営のホテルを建てたのです。勿論村内材を使った木造です。その結果雇用のニーズも増加したため、都会からは若い家族連れの移住も増え、人口も1.5倍くらいに増えて数千人規模に膨れ上がったのでした。村には、若者と子供がグンと増えて賑やかになり、人口ピラミッドもそれまでの高齢化型から裾野が広い「安定型」に近づいたのでした。
2982で紹介した様に、個人の力だけで自給自足の実現はかなり困難で、出来る事も限られてはいますが、色々な特技を持った村人が力を併せれば、村全体としての自給自足は十分に可能となるのです。この国でも、少なくとも数十年前までは、村々には鍛冶屋があり、大工さんや左官屋さんもあった筈です。大工さんは、簡単な図面だけで地元産材を使って建物を建てたことでしょう。勿論、食料はほぼ100%が自給自足だった筈で、コメや野菜や山菜などは近くの町の市場に出荷もしていたことでしょう。多分(この頃の経験を持つ高齢者が健在である)今なら、頑張れば日本にも「レッテンバッハ村モドキ」を作ることも十分可能だと思うのです。そして。その知恵を後世に引き継ぐことも可能となるでしょう。今ならまだ間に合いますが、団塊の世代が大幅に減ってしまう10年後以降は、それが無理になる可能性が大なのです。残念ながら。

|

« 3983 お金再考 | トップページ | 3985 持続可能性とは »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 3983 お金再考 | トップページ | 3985 持続可能性とは »