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2021年9月11日 (土)

3981 縄文の暮らし2

私たちが何となく縄文人の暮らしに憧れるのは、それがほぼ完ぺきな形の自給自足であり、しかもそれが数千年にも亘って「持続可能」であると言う点だと思うのです。かつて、例えば四大文明などと呼ばれる地域が、栄華を誇っていた時代もありましたが、それらは全て滅びました。その原因は、その文明が地域の資源、森林資源や水や鉱物などを使い尽くしたか、或いは自らが出した廃棄物による自家中毒(耕作地の塩害なども含む)によって、最早文明を維持することが出来なくなったことにあると見ています。
一方、縄文人はと言えば、自給自足が可能な地域に、比較的少人数の集落を築き、環境が許す範囲内で質素に、しかし文化としては豊かに、暮らしを続けていたと想像されるのです。山内丸山でも、蔦植物を編んだ籠や、骨から精巧に作られた釣り針、実用品を超える出来栄えの土器や木工品、素晴らしい出来栄えの石器などが出土していて、その文明や技術力の高さが分かります。文字は残されてはいませんが、当然の事ながら豊かな語彙の言葉を含む文化レベルは、かなり高かったことは容易に推測できます。言葉は、自分たちの集落の文化を伝承すると同時に、例えば他の集落との交易や或いは諍いを未然に防ぐ際ののコミュニケーション手段でもあったことでしょう。
縄文時代と言えば、学校で習ったのは、貝塚であるとか、素朴な縄目模様の土器だとか、稚拙な作りの土偶程度の証拠で、採集生活を送っていた程度でしたが、そうではなくて、縄文の暮らしは、一言で言えば文化的でしかも持続可能であったことは、近年の各地の縄文遺跡群からの発掘物でも明らかなのです。その意味で、私たちはもっと縄文人の暮らしぶりを知り(想像し)出来る範囲内で、それに学ぶことも必要だと思うのです。学べき点は、彼らの「持続可能ぶり」に他なりません。今、今後100年間に亘ってそれが持続可能であるか否かという吟味をしたと仮定すれば、私たちの暮らし方の殆どは否定されてしまうでしょう。ましてや千年後においておや、でしょう。勿論、爆発的に増えてしまった人口を抱えて、例えば地域農業や里山や里海の恵みだけに頼って暮らしが立てられるかと問われれば、否とはなるのでしょうが、たった一二歩だけでもそれに近づく事は可能でしょう。私たちは、もっと縄文の暮らし方、或いは自給自足に近い中山間地の暮らしの知恵にもっと学び、持続可能性を追求すべきでしょう。

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