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2021年9月15日 (水)

3983 お金再考

縄文の生活や自給自足家族の事を書いて、改めて価値とは、お金とは何かを考えてみます。お金とは、言わずもがなですが「価値交換の手段」に過ぎません。お金自体を食べる事も出来ず、手品師でもない限り道具としても使えません。しかし、現代の世の中では、お金はほぼあらゆるモノに交換できますし、犯罪でない限りあらゆるサービスを受ける権利とも交換できるでしょう。その交換の権利は、紙幣や貨幣を発行している政府によって保証されてもいるので、紙に印刷されただけのお金が価値を持って流通しているのです。
しかし、一方ではお金への価値偏重が、マネーロンダリングが蔓延する原因ともなっていると思うのです。マネーロンダリングは、主にテロや犯罪に関わるダークなイメージで語られますが、投稿者はそれをもっと広く捉えています。つまり、環境悪化や持続可能ではないビジネスで稼いだお金も、実はロンダリングされていると見るのです。例えば温暖化です。温暖化が主にCO2の過剰な排出に起因すると仮定して、石炭や石油や天然ガスを掘り出して、流通させるビジネスは、まさに環境の悪化を元手にお金を稼いでいる訳ですから立派なマネーロンダリングに相当するでしょう。化石燃料を使う機械(車や航空機など)を作っているメーカーも同罪に当たるでしょう。
勿論現代社会では農家でもない限り、お金が無ければ食べ物も手に入らず、飢え死にするしかありません。問題は、お金に頼る程度だと思うのです。100%依存する、いわゆる「拝金主義」は論外にしても、その割合を少しずつ下げる努力は必要でしょう。具体的には、物々交換や労働とモノを交換する仕組みが考えられます。その際、お金ではなく、その地域だけで使える「地域通貨」を交換手段とするのも良いでしょう。お金と地域通貨の違いはと言えば、それは上で述べたマネーロンダリングが出来ない(出来にくい)という1点です。地域通貨を使って、お金の様に食糧も買えますし、車での移動や買い物を頼むようなサービスも買える仕組みも出来るからです。
要は、一度お金に姿を変えれば、それが動いた背景は黒だろうが灰色だろうが無関係になりますが、地域通貨であれば、価値交換の過程を地域の衆人が見ている訳で、誤魔化し様もないでしょう。つまり、背景がクリアに見える価値交換の手段だと言えるのです。勿論、それを公的な立場で監視するシステムは必須でしょう。お金に絡んで多くの不正が発生する様に、地域通貨だって放置すれば、良からぬことを考える輩も出てくるからです。好事例として、投稿者が感心しているのは、南ドイツにある人口数千人の「レッテンバッハ村」の仕組みです。この村は、かなりの部分で国や他の地域から「独立」しており、物資の自給自足率も非常に高いのです。続きます。

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