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2021年10月 5日 (火)

3991 何故山に登るのか2

続きです。山に登るのには、当然の事ながらそれに伴う楽しみがあるからです。先ずはアクセスの楽しみです。名山と呼ばれる高い山や山塊の奥に位置する山にアクセスするには、高速道や国道や県道、最後は林道を辿って近づくのですが、その道中は大抵の場合初めて走る道であり、車窓から見る風景は常に新鮮です。勿論、狭まった谷合を清涼な水が流れる渓流は、日本各地に見られる「原風景」ではありますが、やはり土地土地によって、独特の風景が観察出来て楽しいものです。取り分け、有名・無名の滝は、必ず車を降りて近づきたくなります。
山に入ると、多くの木々や植物、花をつける山野草などを目にします。その木々や植物に依存して生きる、動物や鳥や昆虫の観察も楽しみです。クマに出会いたくはありませんが、鳥やチョウなどは苦しい登りでは間違いなく癒しになります。技術用語に多くのメモリーを占められている元技術屋とって、樹木や山野草の名前を憶えるのは苦手なのですが、それでも十回くらい目にし、名前を口すると何となく覚えられて親しみも湧いてくるものです。その中で気づくのは、この国ではかなりの奥山にも人間の手が入っていて、針葉樹が密に植林されている事と、しかしながらその後の枝打ちや下草狩りなどの手入れが行われていない放置林の多い事です。いずれにしても、広葉樹林や混交林や自生している植物の中を歩くのは、人間にも強い癒しになるのは間違いないでしょう。
登山ルートは、当然の事ながら低い標高では比較的緩やかな林間の道、標高が上がると灌木の間の道、更に標高が上がると森林限界を抜けて、岩場が多くなるのが普通です。尾根に出て、気温も下がってきて涼やかな風に当たると、それまでの苦しい登りが報われる感じがします。更に標高を稼げば、周りの山々を眺め、さも自分が神様にでもなって作った様な気持ちになる瞬間が、最も好きだと言いいます。取り分け、シーズンがやや外れ、誰も居ない時に頂上を踏むのが好きです。山に登る時は、レジ袋を持っていき、登山道で見つけたPETボトルなどのごみを拾って帰るのは、環境人間としての密かな自負でもあります。
登山道で誰にも会わず、山中で数キロ以内には誰も居ないと思った時、心細さを感ずると同時に、自分は自分の意志でここを歩いていて、精神的にも完全に自由だと思える瞬間も、山で感ずる快感でもあります。

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