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2021年11月 5日 (金)

3999 モッタイナイからシンボウへ

一時期、来日したアフリカの女性指導者が持ち帰った「モッタイナイ」という日本語が世界に広まってブームになった事がありました。残念ながら変化が早い現代では、それもあっと言う間に過ぎ去り一つの流行語程度のインパクトで終わった様です。モッタイナイは、まだ使える(食べられる)ものをポイと捨ててしまう行為を戒める言葉ではありますが、投稿者としてもっと広めたいのは「シンボウ(シンボウ)」という日本語です。これは英語で言うところのPatiance(我慢)とは少し異なり、無駄を切り詰めつつ「意識して質素に暮らす」というほどのニュアンスを含む言葉なのです。ここで大切な事は「意識して」という部分です。勿論、辛抱が身についていて意識しなくとも質素に暮らせる人は立派ですが、投稿者を含む、豊かさに慣れてしまった現代の多くの凡人にとって、質素に暮らすにはかなりの程度意識的に振舞うしかないでしょう。
天気も良い日に、つい車で紅葉狩りに出かけたい欲求2回を1回に減らすためにはやはりシンボウが必要でしょうし、車を使う代わりに物置に寝ている自転車を引っ張り出して、数十㎞先の紅葉の名所を目指すには、それなりの体力も必要でしょう。体力を養うために、毎日散歩や自転車利用を続けるためには、やはりトレーニングの継続にシンボウが求められます。どうやら、シンボウには「忍耐力」という要素も含まれそうなのです。モッタイナイが一時のブーム言葉で終わってしまったのに比べれば、シンボウは未来世代に良い環境や資源を残るための「継続的な努力」であると言い換えても良いでしょう。
シンボウを実行するのは、結構大変です。何より、これまでは何も考えずに行っていた習慣を、例えば2回を1回に減らさなければならないのです。毎日入浴していた人が、2日に一回にするのは結構努力が必要でしょう。でも、砂漠の民には、そもそも入浴するなどと言う習慣すら無い事に思いを致すべきでしょう。極寒の地に住むイヌイットなども、かつては入浴などしなかった筈です。風呂に入らなくとも死ぬわけではないのです。
投稿者の経験でも、まだ家に風呂の無かった子供時代、冬場は銭湯に通うのは2日に一回だったことを思い出します。でもそれが日常になると、銭湯に入らない日に特にシンボウしたという気はしないでしょう。今ではシンボウと考えられる行動が、当たり前になっていた時代があった事を思い返して、今毎日行っている行動を2回に1回に減らしてみる「シンボウ実験」は今非常に大切な事だと思うのです。

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